「あしたのまち・くらしづくり2009」掲載 |
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞 |
「井戸端手話の会」から広がる近所づきあい |
千葉県船橋市 井戸端手話の会 |
井戸端会議から井戸端手話の会へ 2003年春、「いつもやっている井戸端会議を手話でできるようにしない?」ママ友だちのそんな一言で「井戸端手話の会」が始まった。511世帯もの人々が住むこのマンションは子どもが多いのが特徴で、幼稚園バスの送り迎えの時間には中庭のあちこちで、母親同士の井戸端会議が繰り広げられていた。 聴覚障害者は、周囲とのコミュニケーションの困難さから、近所づきあいを避けてしまう傾向がある。筆者も例に漏れず人付き合いが苦手であった。しかし子ども同士の付き合いは、そのまま母親同士の付き合いにつながる。自分が聞こえないことを伝えていく中で、手話に興味を持ってくれる人も増え、以来週に一度「井戸端手話の会」が開かれるようになった。 子どもがいたって学びたい! 「井戸端手話の会」は子どもたちが幼稚園や小学校に行っている平日の昼間、1~2時間程度マンション内の集会室で行なう。費用は場所代やコピー代数百円程度。当初は5人ほどのメンバーでスタートしたのが、現在では20名以上が集まっている。参加するのは母親だけではない。未就園児や赤ちゃんも一緒に参加している。子どもが生まれると、習い事に通うことをあきらめる人が多いが、ここでは互いに面倒を見合いながら手話を覚えることができる。毎回あっちで子どもが走り回り、こっちで赤ちゃんが泣き、誰かがあやしながら手話を教えあっているというのが、普通の光景となって7年目。母親たちが手話で会話をする様子を見ながら子どもたちも育っている。 「井戸端手話の会」の目的1 「自分の話したいことを手話でできるようにする」これが私たちの目的だ。当初は、聴覚障害者である筆者が、基本的な手話を教えていたが1年もすると日常会話程度は手話でできるようになってきた。この頃から「教える」→「教わる」という一方的な体制から、「みんなが先生、みんなで教えあう」という相互関係を大切にするようにしてきた。毎回の司会や進行は、当番制にして誰もが手話を使って話を進め、時間を調整していく。しりとりや、歌を手話で歌ってみたり、料理のレシピを手話で表現してみたりと、全員で内容を考えて役割分担をする。時には「井戸端お茶会」として、手話でのおしゃべりを純粋に楽しむこともある。そんななかで、誰もが伝えることの難しさを実感し、伝わるときの嬉しさに感激し、伝え合うことの充実感を実体験として感じることで、普段は意識しなかった「伝える・伝わる・伝え合う」ことの大切さを学んだ。 「井戸端手話の会」の目的2 「母親同士のリアルな情報交換」これが二つ目の目的。通常の講習会では、テキストを利用して進めることが多いが「井戸端手話の会」では自分の話したいことを手話で表現しながら覚えていくので、基本的におしゃべりが好きな女性は、手話の上達も早い。普段から話を聞かない子どもたちを相手に日々格闘しているだけあって、コミュニケーション能力が非常に高いと感じている。 メンバーが楽しみにしているのが「井戸端コーナー」。毎週テーマを設け、各自手話で話す時間である。 ・子どもや夫の愚痴や悩み相談 ・家事のコツや節約術 ・美容院やグルメ、お買い物 ・地域の病院の良し悪し等 生活に密着したことをテーマにして、悩んでいるのは自分だけじゃないんだ!と安心できたり、リアルな情報交換ができる貴重な時間となっている。 継続することの大切さ 子どもたちが幼稚園児だったころは、毎日のようにバスの送り迎えで顔をあわせていたが、小学校に入学すると顔をあわせる機会は少なくなってくる。これを機に仕事を再開する母親も増え、一時期メンバーが減ったこともあった。それでも細く長く続ける中で、手話通訳を目指したいという目標ができたメンバーもいる。授業参観などの学校行事で、子どもたちの様子を手話で教えてもらったり、手話での会話が増えていく中、「井戸端手話の会」の存在も口コミで広がっていった。現在ではマンション外から通ってくる人が増え、手話の輪は、続けることでどんどん外に広がっていく。ブログでの情報発信も始め、「継続から進化へ」これが今後の目標だ。 「井戸端手話キッズ」 ママたちのアイデアで、子どもを対象とした「井戸端手話キッズ」も開催した。幼稚園児から小学5年生まで30人近くの子どもが集まり、歌やゲームを通して楽しく手話に触れる時間である。ミニ講座や、質問コーナーでは「目覚まし時計が聞こえないのに、朝はどうやって起きているの?」などの素朴な疑問から、「聞こえない人とお話をするポイント」や聞こえない筆者の家に遊びに来たとき、「お邪魔します」と声だけ出しても気付かないこと、きちんと顔を見せて挨拶をすることが大切だということなど、興味を持って聞いてくれた。子どもたちからは、また参加したいという声が多くあり、定期的に続けていきたいと考えている。 井戸端手話がもたらしたもの マンション内の中庭で、手話を使った井戸端会議が繰り広げられる様子を子どもたちも見て育つ。筆者は聴覚障害者であるが、子どもたちは私と話しをするときには必ず肩をぽんぽんと叩いたり、手を振って私の注目をひいてから話し始める。口の形をはっきりとさせてくれるから、読話もしやすい。こんな基本的なことが身についているのはもちろんのこと、母親を通して家庭で手話を覚え、私の前で使ってくれることもある。難しい話しの場合は、息子が手話で教えてくれたり、話したいことを手紙に書いてくれる子どももいる。心の柔らかいうちから、実体験として耳の聞こえない人と接する中で、コミュニケーション方法は言語だけでなく、手話、筆談、お絵かき、ジェスチャー、様々な方法があることを学んでくれたらいいなと思う。きっとこの先、聴覚障害者と出会っても、心のバリアフリーを感じることなく自然と対応できるのだろう。そう考えると、母親同士でのコミュニケーションを目的としてスタートした「井戸端手話の会」は、子どもたちにも良い影響を与えているのかもしれない。 「井戸端手話の会」を通した近所づきあい 子どもが急病のとき、電話をお願いして病院に連絡をとってもらったことがある。災害時、非常時に最終的に頼りになるのは、他でもない人とのつながりだ。「井戸端手話の会」を通した近所づきあいは、いつでも互いにサポートし合える環境づくりとなっている。障害があるから良い、悪いといった次元の問題ではなく、ひとりひとりみんな違う人間で私たちはお互いに助け合って生きているのだ。これが実感できるのが、最近薄れてきた「近所づきあい」の良さなのだろう。 「みんなが手話で話せるのが、当たり前の社会になるといいなぁと思う」メンバーのこんなひと言に「井戸端手話の会」の存在意義がこめられている気がする。 |