「あしたのまち・くらしづくり2014」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

静岡市の山村「玉川」の魅力を発信―山村と街をつなげる橋渡し―
静岡県静岡市葵区 安倍奥の会
 静岡市には旧安倍6ヶ村と呼ばれる六つの山村がある。そのひとつ「玉川」は昭和44年に静岡市と合併するまでは「玉川村」として栄えてきた。玉川には23の集落があり、他の山村と比べてもその数は多い。産業は林業とお茶が中心で一世を風靡したが、産業の衰退と共に過疎化、少子高齢化が進み、村の存続が危ぶまれるようになった。最盛期では4千人以上だった人口も今では1057人(2014年4月)となっている。
 その一方で玉川は多くの魅力を内包している。山々に囲まれた大きな自然、その中で営まれている自然に寄り添った暮らし、戦国時代から築かれてきた歴史、美味しい郷土料理、温かい地域住民。これらの魅力は市街地の住民は元より、玉川住民でさえ気が付いていない。安倍奥の会はそんな魅力を丁寧に掘り起し、発信していくことによって、両者がその魅力に気が付き、人が豊かに生きるための相乗効果が生まれると考えている。
 ここで安倍奥の会誕生のきっかけを簡単にお話しさせていただく。私が初めて玉川に出会ったのは2008年6月のことだった。玉川の一番奥の集落に暮らすおばあさんを紹介していただき、家を訪問することになった。この出会いは私の人生の中で大きな分岐点となり、以来、玉川に人生を注ぐことになった。ここで感じたことは、自然に寄り添った暮らし、美しい自然と生活の景色、ゆったりとした時間、温かいおもてなしだった。街で忙しく仕事をしていた私にとってこの暮らしぶりに感銘をうけた。当時は出版社に勤めており、雑誌で限界集落に対して何かできることはないかと考えていた。しかし、与えていただくことの方が多く、「この山村の文化こそ私たち人間にとって本当に必要なものではないか」そんな気持ちに変わっていった。“この魅力を伝えたい”との思いに賛同する有志が集まり、安倍奥の会が自然発生的に立ち上がった。それからは「玉川の文化が受け継がれていってほしい」という思いを胸に、まずは玉川を知ってもらえるようにと写真展やイベントを開催。ところが、よそ者の壁は大きく、一部を除く地元住民にはなかなか受け入れてもらえなかった。
 しかし、2010年11月の玉川新聞創刊をきっかけに、玉川住民の目が大きく変わっていった。「安倍奥の会はこういうことがやりたかったんだね」と地元住民から賛同を多くいただいた。玉川新聞の効果は大きかった。次第に「こういう催しがあるだけえが、取材に来てくりよ」「玉川ばあちゃんのコーナーがわしの生きがいでな」「毎回楽しみにしてるよ」と嬉しい声をいただけるようになった。集落が多い玉川では、集落ごとの派閥があり、川筋が違うと全く交流がない。そこへ様々な集落を取り上げる玉川新聞は、集落をつなぎ、気持ちの上で互いの距離を縮める効果もあるようだ。7号目から集落一つ一つをマップにしていく「玉川マップ大作戦!」がスタート。それ以来、玉川小学校とも連携をするようになった。小学校高学年の生徒たちが一つの集落へ取材に出かけ、記事づくりを担当している。この企画は、小学生が地元を知ることにより地域愛が生まれ、大きくなった時に玉川へ戻ってくることや、思いを寄せてくれることを意としている。現在は4200部発行しているが、玉川地区全戸と市街地に設置しており、消化率は95%ほどだ。お便りなどもいただき、ファンも増えてきた。また、玉川出身で今は村外に住んでいる方々にも好評をいただいている。地元住民の中には、村を出て行った同級生に毎号玉川新聞を送る方が出てきた。玉川新聞により安倍奥の会の存在意義も見いだせ、Uターン者の増加などさらなる広がりに期待したい。
 安倍奥の会の活動には三つの柱がある。季刊誌「玉川新聞」の発行、流しそうめん祭りの開催、「栃木の家」の運営である。流しそうめん祭りは500年の歴史を誇る曹源寺の参道を利用した流しそうめん体験や集落散策を楽しむお祭りである。私たちが玉川住民と出会って感動し、豊かさを与えていただいたように、多くの方にとっての出会いの場になればと始めたお祭りだ。2010年8月の初回時には地元住民の手伝いは少なく10名程度だったが、回を重ねるごとに多くなっていった。4回目の昨年はスタッフ総勢130名の内、約80名は玉川住民だった。参加者も700名を超え、今では玉川の夏の風物詩となりつつある。今年は5周年にあたり、静岡市役所とも初連携して盛大なお祭りを開催する予定だ。
 もう一つの柱として、「栃木の家」の運営がある。2012年11月に長熊集落の町内会長に空家を紹介していただき、お借りすることになった。長熊集落発祥の地といわれており、自然環境も素晴らしい場所だ。埃と荷物だらけだった空家をイベント型で改修し、翌年3月にお披露目会を開いた。地元住民と協力し、小規模の山村体験イベントを行い、薪文化や山村の文化に触れられる入口の場所として活用している。延べ500名以上の来場者を迎えた実績がある。家としてはまだまだ改修しなければならないが、子どもたちにより良い自然体験や山村体験をしてもらえるような空間づくりをしていきたいと考えている。
 その他にも玉川の伝統芸能である横沢神楽の手伝いや道掃除の手伝いなど、地元住民とのコミュニケーションも大切にしている。私たちの活動は玉川住民と共に歩んでいくことに意義がある。そんな中、最近では玉川に活気が訪れ、玉川住民による活動も盛んになってきた。大沢集落での「おおさわの縁側カフェ」オープン、連合町内会による「玉川トレイルレース」の開催、安倍奥の会の地元メンバーによる石窯のピザ焼き体験イベントの展開。そして、玉川が本当に受け継がれていくためにと私を含む安倍奥の会メンバーの一部が2014年3月末に「株式会社玉川きこり社」を設立した。私たちの活動が少なからず刺激になっているのではないかと感じている。今後は玉川で何かを始めたい人たちを応援し、地元住民と一体となって発信力を強め、山村と市街地をつなげ、玉川に関わった人々に豊かさを提供できるように、そして、Uターン・Iターン者を増やし、この魅力的な玉川がこれからもずっと受け継がれてくように、活動を続けていきたい。