「ふるさとづくり2001」掲載 |
<集団の部>ふるさとづくり賞 内閣官房長官賞 |
人と自然のつきあい方を求めて |
高知県大方町 砂浜美術館 |
私たちの町には美術館がありません 大方町は高知県の西南部、黒潮寄せる太平洋に面した人口約1万1000の農業と漁業の町です。海岸には長さ4キロメートルの砂浜と幅200メートルにおよぶ名勝入野松原があり、白砂青松の風景が続いています。高知市からはおよそ100キロメートル、町の西部は四万十川が土佐湾に注ぐ中村市に隣接しています。 1989年、この町に砂浜美術館が生まれました。 私たちの町には美術館がありません。 美しい砂浜が美術館です。 このコピーのとおり、「美術館」と名のつく建物はどこにも建っていません。頭の中で砂浜を美術館にしてしまうのです。すると、砂浜に残る鳥の足跡や潮紋、浜辺で遊ぶ子どもたちや人々の営みまでもが作品に見えてきます。BGMは波の音、夜の照明は月の光、作品は24時間、365日展示され、時の流れるままに変化します。 砂浜美術館というフィルターを通して見ることで、新しい発想が生まれてきます。砂浜美術館は、ものの見方を変え、今まで何気なく見過ごしてきたものに意義と主体性を持たせることによって、新しい価値観を創造する考え方なのです。 この考え方の誕生は、「Tシャツアート展」というイベントの話が持ちあがったことに始まります。折りしも「ふるさと創生」が叫ばれ、各地で地域活性化のための箱物建設ラッシュが起き始めたバブル期。地方の多くが都会の情報に惑わされ、画一的な町おこしや一過性のイベントで競い合っていました。 大方町の若者たちは、イベントや箱物よりもしっかりとした考え方がなければ物事は本物にはならないのではないかと考えました。そして、「何も建物だけが美術館ではない。自分たちの町にはきれいな砂浜があるのだから、そこを美術館と考えてもいいのではないか」という発想から、この考え方が生まれたのです。この発想は、自然に恵まれた大方町で豊かに、気持ちよく、楽しく暮らしていくためのアイデアを創出するひとつのものの見方として発展しました。 イベントは考え方を伝える手段 砂浜美術館の情報は、多くがイベントの情報とともにテレビや新聞・雑誌・インターネットなどのメディアを通じて発信されています。しかしイベントはあくまでも砂浜美術館の発想を表現したもので、考え方をわかりやすく伝えるための手段にすぎません。 砂浜美術館をキーワードに「大切なことを伝える作品」(事業)には、次のようなものがあります。 ■Tシャツアート展 公募したデザインをTシャツにプリントし、洗濯物を干すように砂浜に展示します。1989年に始まり、毎回全国各地から1000点を超える作品が寄せられます。Tシャツ1枚1枚も作品ですが、何もない砂浜にたくさんのTシャツが並ぶことで新しい空間が生まれ、壮観な風景全体もひとつの現代美術として鑑賞することができます。1999年からはオーガニックコットン製のTシャツに切り替え、環境保全への具体的な行動をともなったイベントに成長しました。また2000年の「第12回Tシャツアート展」では、開催に協力してくれるボランティアを募集し、新鮮なエネルギーを取り込む工夫も行いました。 ■ホエールウォッチング ニタリクジラを対象としたホエールウォッチング事業は1989年に始まりました。クジラを漁の対象としなかった大方町では、クジラは漁の邪魔をする厄介ものでしたが、この事業によって漁業者とクジラの新しいつきあい方が生まれました。漁業者の副収入を生むという経済効果への期待も大きい事業です。 ウォッチングのシーズンは3月〜11月で、年間1万人が乗船します。1994年には大方町で「国際ホエールウォッチング会議」が開催され、ホエールウォッチングを通じた国際交流や情報交換が行われました。体長13メートルのニタリクジラは砂浜美術館の館長です。 ■松原再生 住民にとって身近な存在の入野松原は1975年頃から広がった松くい虫の被害によって、その価値が見直されるようになりました。町は砂浜美術館という言葉が生まれる以前から松原の復活、育成を振興のテーマとして位置付けるなど、砂浜美術館誕生の基盤となるような施策に取り組んでいました。美術館の作品、イベントのステージとしての価値も加わり、住民の手で松原を保全する活動が続けられています。 ■シーサイドはだしマラソン 「はだしで走る」ということが第一の条件であるマラソン大会。長くて美しい砂浜でなければ絶対できないことでしょう。 ■漂流物展 海岸の漂着物(ゴミ)に解説を加えて室内に展示します。流れ着いたヤシの実を「自然の造形作品」とするか、ただの「ゴミ」とするかは見る人の自由ですが、砂浜美術館の感性で漂着物を見つめると、自然科学、民族学、芸術、文学、地理、歴史など、多角的に捉えることができます。解説には、さりげなく環境問題を考えさせるようなメッセージも添えられます。 ■ラッキョウの花見 花見といえば桜、秋の花といえばコスモス、ラッキョウといえば漬物という3つの常識を覆した企画。秋のラッキョウ畑一面に咲く美しいピンクの花に着目し、花の見頃をお知らせします。 ■商品開発 砂浜美術館の発想を地場産品にも当てはめ、オリジナリティを全面に押し出した商品展開を図っています。例えば、特産の黒砂糖を使ったアイスクリーム「アイスくじら」や、横にしたラッキョウをクジラに見立てて「くじらっきょ」とネーミングしたラッキョウの漬物などがあります。板状の流木をはがきにした「漂流郵便」なども人気です。 ■砂の彫刻 大人が砂遊びに真剣に取り組み、砂の固まりに彫刻を施します。砂像をつくるためには、砂浜がきれいでなくてはなりません。砂にまみれているうちに、ふるさとの豊かな自然に気付くのです。 ■潮風のキルトコンテスト 入野松原に全国から公募したパッチワークキルトを展示します。松林にロープを張って展示すると自然光を浴びたキルトのいろいろな表情を見ることができます。コンテストの審査に町内の子どもたちが加わっていることもユニーク。 ■エコツーリズム 地元主導の地域に密着した観光を推進しています。ホエールウォッチングや四万十川の自然を通して山―川―海のつながりについて考えるエコツアーなど、小規模ながら人や自然と深く関わるプログラムを実施しています。1998年にはエコツーリズムガイドブックも発行され、近年需要が高まっている環境学習型修学旅行ではホエールウォッチングやビーチコーミングなどが取り入れられています。 砂浜美術館の哲学が町づくりの理念に 砂浜美術館の活動は、住民主体の非営利活動です。運営は主に町からの補助金、イベント参加料、寄付金、商品等の売り上げなどで賄われています。活動に携わっているのは、町内外から集まった有志約30名で、そのうち5名ほどが“学芸員”として中心的に企画・立案・実行に関わっています。 企画を審議決定する機関として、町長や農協、漁協、商工会などの各種団体の代表者で構成される運営委員会があり、事務局には専任の事務局員がいます。町づくりや観光振興という側面が強いことから、常に行政との連絡協調を図っており、イベント等で人手がいる場合は、町の職員が業務の一環として作業などを応援することにもなっています。1999年に策定された大方町総合振興計画では、砂浜美術館の哲学が大方町の町づくりの理念として位置付けられました。 そもそもこの美術館活動は、観光振興や地域おこしを目的として始まったものではありませんでした。取り組みの根底には、企画・実行をするメンバーがそれぞれの好きなことや得意なことを活かして地域の資源を楽しむ、という遊び心があります。 文化ホールや美術館などの施設の有無でその町の文化をはかろうとする価値観に迎合することなく、既存の資源を別の角度から見つめなおすという柔軟な発想が、豊かな創造力を生み出し、地域の個性や町づくりの哲学を確立したといえるでしょう。そして、様々な活動を行う過程で改めて自然の豊かさに気付き、毎日の生活そのものに誇りを感じることができるのです。 大方町の知名度アップに貢献 例えば「Tシャツアート展」では全ての都道府県から応募があります。そして大都市圏からのアクセスが極めて悪いにもかかわらず、ゴールデンウィークの展示期間中には5日間で6000人が会場に足を運びます。小規模な民宿が主体の町内の宿泊施設は、ほぼ満員になりますし、イベントに毎年参加するリピーターも多く、各地との交流の輪が広がっています。また数々のメディアで大方町が紹介されることは、地域住民にとって誇りになっているに違いありません。決して肩肘を張って地域の活性化を目指してきたわけではありませんが、その取り組みのユニークさや、都会の尺度に媚びない姿勢が魅力となり、結果的に大方町の知名度を高めることになりました。 これまでの活動を経て、立派な観光施設などのハードウェアを持たなくても、ありのままの自然資源を活かし振興を図ることが十分可能であること、またそのような取り組みがこれからの時代にとって大きな意味を持つことを確信することができました。観光客を大量に誘致することを最たる目的とするのではなく、あくまでも考え方を伝えるという視点に立った事業の展開が、地域のキャパシティに見合った観光振興に結びつき、大方町らしさを維持することになるのではないでしょうか。その姿勢は自然環境の保全と同時に、地域住民の暮らしを守ることにもつながっていくのです。 砂浜美術館が示す豊かさや文化のものさしは今後ますます注目されることになるでしょう。これからも自然とうまくつきあいながら、人々が自分たちの町を楽しみ、そして生き生きと暮らし続けられるよう、豊かな創造力をもって砂浜美術館の哲学を伝えていきます。 |