「ふるさとづくり2002」掲載
<集団の部>ふるさとづくり賞 振興奨励賞

市民ボランティアによる大学通り緑地帯の保護活動
東京都国立市 くにたち桜守
大学通りのあゆみ

 新東京百景にも選ばれている「大学通り」は国立駅から南に伸びる幅40m余り、長さ2kmの直線道路で、中央4車線の車道と両側の歩道を分ける幅9mの緑地帯には211本の桜と117本のイチョウが植えられていて、春の桜の花トンネル、秋のイチョウの紅葉は国立の風物詩として知られている。
 大学通り周辺に広がる市街地は、大正末期に箱根土地株式会社の堤康二郎が、関東大震災で被害を受けた一橋大学を誘致し、「国立大学町」として開発分譲したことに始まる。開発に際し堤康二郎は、当時としては画期的な幅40mのメインストリートを街の中心に据えた。1934年、ときの皇太子(現天皇陛下)誕生を記念して、谷保村青年団と「国立会」が大学通りの緑地帯に桜の苗木を植樹した。当時何本の桜を植樹したかは定かでないが、現在は211本の桜が市民に安らぎを与えてくれている。国立市のシンボルとなった大学通りはお花見、植木市、朝顔市、天下市、市民祭りなどの会場となり、またガレージセールが開かれるなど、1年を通して市民に利用されている。


桜守発足

 ソメイヨシノの寿命は一説によると80年ぐらいと言われている。大学通りの桜は最年長で70歳になろうとしていて、大きなものは直径80cmを超えている。毎年見事な花を咲かせて市民を楽しませてくれる桜であるが、いつの頃からか枯れていたり、折れたところから腐って幹の半分がなくなってうろ虚穴となっているものなど、元気のない木が目に付くようになってきた。
 桜の樹勢が衰えてきていることに気づいた一市民が桜は木の根元を踏まれるのが苦手なことを知り、緑地帯に花を植えて緑地帯に入る人を少しでも減らそうとした。やがてこれに共鳴した仲間が加わって、活動の輸が広がっていった。この活動をきっかけに、それまで桜をはじめとする緑地帯の管理を業者に発注して済ませていた市は、2000年度に「さくらドック事業」を立ち上げた。「さくらドック事業」は市民によるボランティア「くにたち桜守」に弱ってきた桜の世話をしてもらい、同時に多くの市民に桜に対する関心を持ってもらい、桜を市民の宝として守っていこうとするものである。2年間は市から委託をうけた専門家「日本花の会」の指導によって桜の樹勢回復の活動を行い、3年目の今年からは2年間で学んだことを基に、市民が桜の世話を続けている。
 くにたち桜守は大学通りの桜に関心のある人であれば誰でも会員になれ、都合の良いときに参加すればよい。桜守の活動を目にして参加する人も多く、これまでに参加者数はおよそ160人に達している。多くは50歳代後半から上の人たちであるが、20歳代から70歳代までの老若男女が参加しているし、小学生の参加も徐々に増えている。


桜守の樹勢回復活動

 桜の樹勢回復を行うにあたり、元気な木と弱っているが世話をすればまだまだ生き続けられる木、かなり弱っていて世話をしても元気になる見込みのない木に分類をし、当面は元気になる見込みのある29本の木を対象に樹勢回復の世話をすることとした。
 一口に樹勢回復と言っても様々な手法があるが、素人の市民でもでき、長く続けるためには軽作業であることを念頭に、その手法を検討した。樹勢が弱っている原因は大気の汚染、日照の悪化、局所気侯の変化(高温化と日較差の低下)、イベントや犬の散歩などによる桜の根元の踏みつけ等々様々であるが、大気の汚染や日照の悪化などは市民の力ではどうすることも出来ず、市民が対処できることとして、桜の木の根元を柔らかくすることで根の活性化を図ることとした。木の根は地面から上の幹や枝を支えているだけでなく、養分を含んだ水分を吸い上げ、さらには呼吸もしている。地中の水分や空気は土壌の中の細かな隙間に保持されているが、木の根元を踏み固めるとこの隙間がつぶれてなくなってしまい、根は養分を吸い上げたり、呼吸をしたりすることがうまく出来なくなってしまう。
 対策はまず第一に、これ以上根元を踏まれないように柵で囲いをするとともに、看板を設置して根元を踏まれると桜が弱ってしまうことをアピールした。柵など無枠なものは設置せずに、市民に呼びかけることで踏まれなくなれば良いのであるが、柵を壊してまで入り込む人がいる現状では、効果を上げるためには仕方がないことと悲しい決断をしている。次に土を柔らかくする方法として、鍬やスコップで掘り返すと地表近くに張り巡らされている桜の根を傷めてしまうので、ミミズの力を借りることにした。ミミズは土を食べて、糞として粒状の土を排出し、その後にはふかふかの土が形成される。ミミズが生息しやすい土を作るとともに、長い間に疲弊した土壌を養分豊かな生きた土壌に回復させる方法として、EM(有用微生物群)を利用することとした。1年に数回EM活性液を散布したり、米糠、もみ殻燻炭、EM活性液を混ぜ合わせて発酵させたEMボカシを手作りして散布する作業を続けている。
 また根元を踏まれないための方策の一つとして、春、桜の花と時期を同じくして薄紫の花を付けるムラサキハナナの種を、桜の下一面に蒔いた。薄紫の花の絨毯は人が入り込むのを防いでくれ、満開の桜とマッチして景観的にも優しい。
 桜守の働きかけで、市内の六つの小学校の児童が生活科(1、2年生)や総合学習(3〜6年生)の授業時間を使って作業に参加している。ムラサキハナナの種まきや種取り、EMボカシ作りや散布などを通して桜守への理解は深まりつつあり、子どもたちの発案で自分たちの小学校内の桜の世話をする桜守ジュニアの活動も始まった。今年度から本格実施される小学校の「総合的な学習の時間」では、ボランティア体験を通して自然とふれあい、生態系を知り、自分の住む町について考えるきっかけとなる桜守の活動に対する期待は大きい。
 さらに、大学通りという名前の由来である一ツ橋大学内にも活動の輪が広がりつつあり、通常の作業に数人の学生の参加があり、ゼミのボランティア体験学習の一環としての参加もあった。また毎春行われる新入生の歓迎を兼ねたお花見も、桜守からの提案に大学、学生自治会が理解を示し、場所の設定などで配慮が見られるようになってきている。
 今年4月5、6日には「全国さくらシンポジウムinくにたち」が開催され、全国から多くの桜愛好家が集まって、くにたち桜守の活動報告に耳を傾けた。


活動の成果

 市の呼びかけで桜守の活動が始まって満2年。これまでの作業によって実際桜の樹勢が回復してきたと言えるのだろうか。葉の色や厚さなど計測結果でははっきりとした結果はまだ得られていないが、今年は葉の量や勢いが増えてきているように感じられる。
 大学通りで行われた市民祭でのアンケート結果からも分かるように、弱ってきた桜について心配している市民は多く、桜守の活動を好意的に受け止めている人がほとんどであった。またお花見時期のゴミの大幅な減少を見ても、桜守の活動が始まったことによって桜の木と大学通りに対する市民の意識に変化がでてきたように思われる。まちづくりのための最大の成果だと考えている。
 また国立市商工会、大学通り商店会、国際ソロプチミスト国立など大学通りを取り巻く地域社会との連携も徐々に深まってきており、桜を共通の媒体にゴミや自転車放置問題など、快適な市民空間への改善を目標に、地域社会への協働の輸が広がりつつある。


今後の課題

 「くにたち桜守」の活動は今年3年目を迎えた。今後の課題として、まず経済的問題があげられる。昨年度までは「さくらドック事業」という特別枠が設けられてきたが、今年度からは緑地帯を管理する経費の中から消耗品の費用がある程度まかなわれるに過ぎない。活動を持続させるための経済的基盤が必要である。次に大学通りは国立市のシンボルであり、商業地域、住宅地域にあることから、今まで以上に景観への配慮が必要である。この2年間ロープを切られたり、看板が倒されたりという被害が頻発しており、柵やロープを強硬なものにしようという声もあるが、桜守に参加している子どもたちが大人になる頃には、そのような悪質な行為はなくなるものと期待して、根気よく地道な努力を続けていこうと思っている。