「ふるさとづくり2005」掲載
<集団の部>ふるさとづくり賞 振興奨励賞

ゴミの山を、心を癒す里山に
静岡県南伊豆町 走雲峡ライン「桃源郷・里山づくり」ネットワーク

 静岡県賀茂郡南伊豆町は、伊豆半島の最南端に位置しています。富士箱根伊豆国立公園に属し、石廊崎灯台、下賀茂温泉を抱える一大景勝地であります。総面積約110平方キロメートル、世帯数約4000戸、人口約1万人の高齢化の進む過疎の町であります。
 平成12年4月、定年により36年間勤めた建設機械リース会社を退職した池野哲也さんは、久し振りに自宅から歩いて10分ほどの所にある町道・走雲峡ラインに散歩に出かけました。走雲峡ラインは、昭和59年に山間地区の加納地内から石廊崎海岸地区に抜ける山の中を走る農道(6キロメートル)として開通しました。


ゴミの山との闘い

 春の暖かい陽射しを受けて沿道の木々には若々しい青葉が風にゆれ、山ザクラが白い花を咲かせています。少し汗ばむのを快く感じながら走雲峡ラインを途中まで歩いてきて池野さんはビックリしました。車の通りも少なく、人家もない静かな農道の浅い谷下に目をやると、そこは不法投棄の絶好の場所となっていました。
 目に映る自然の美しさや、のどかさとは逆に眼下の風景は使用されなくなった生活用品のゴミの山と化していました。つい最近捨てられたと思われる品物や、すでにさびて全体をツルに被われて、数年前からそこに放置されたものまで様々でした。一つの不法投棄が次々に不法投棄を呼び込んでいくのでしょう。廃車、電気製品、建築廃材、自転車等々、道路の下側にはたくさんのゴミが山積みされていました。
 池野さんは思いました。幼少の頃、この附近は棚田があり米作りをし、隣接の山では薪を切り出して炭焼きをしていました。清水が湧きワサビも栽培されていました。休日には仲間と連れ立って里山に入り、自然のサクランボ、桑の実を採って食べ、竹の子、山イモ掘りもしました。1日遊んだ後はカマドの炊きつけ用の小枝を抱えて家路に着いたものです。
 不法投棄のゴミの山を見た時、このままではいけない、せめて以前のようなきれいな山にもどさなくてはならないと決心しました。それからというもの、1人で黙々とゴミの山を片付けていましたが、世の中には良い人もいるものです。いつの間にか活動を手伝ってくれる数人の仲間の輪ができました。さらに地元の建設会社、警察署、町役場、シルバー人材センター等の各種団体の協力の輪が広がり、人力や重機を使用して沿道、道下、林の中の不法投棄の山はすっかりきれいに片付けられました。
 走雲峡ラインはゴミのない道に生まれ変わり、再び毎日の散歩が始まりました。しかし、それもつかの間、数日するとまた不法投棄が見つかりました。心無い人の行動に落胆しましたが、町役場、警察署に相談をして不法投棄防止の看板と有刺鉄線を設置しました。だが、一度ゴミ捨ての山というレッテルを貼られてしまうと、なかなかその風潮は拭い去れないものです。まして人家もなく車の通りも少ないこの場所は、他人に見つからないように不法投棄するには絶好の場所でした。


ガクアジサイの沿道に

 そこで池野さんは、取り締ることではなく人間の良心に訴えることにしました。「花を植えてきれいな場所になったら汚いゴミを捨てようとする心を思いとどまってもらえるのではないか」と思い、平成14年1月より走雲峡の道路沿いに花壇造りを開始しました。最初は、サルビア、日々草、マリーゴールド等の花を植えました。しかし、花壇に植えた花は自然の花ではなく、山に合う花ではないと感じました。走雲峡らしい花を植えていきたいと考え、伊豆地方に自然に咲くガクアジサイ、ヤマアジサイを植えることにしました。現在、ガクアジサイ約1200本、ヤマアジサイ約500本、ヤブツバキ約100本、その他、山ツツジ、桜などが植えられています。走雲峡ライン沿いに咲くヤマアジサイ、ガクアジサイはすべて自生種であり、2種類のアジサイの自然交配が見られる珍しい場所だそうです。
 移植したヤマアジサイヘの水やりは大変な作業でした。自然は正直です。水が足りないとすぐに葉っぱが下を向いてしおれてしまうのです。沿道には水源がありませんので、軽トラックの荷台にタンクを載せて毎日水くれをやり続けました。辛くてくじけそうになる池野さんに、妻・美佐子さんは、「どうせやるなら最後までやり遂げてほしい」と励まし、そして、愛情のこもった大きなおにぎり弁当を毎日持たせてくれました。多くの協力者とともに地道に続けられた活動により、沿道の美化が進み、ガクアジサイも生き生きと新芽を吹き出しました。


桃源郷のハス池づくり

 この活動にもあらたな展開がありました。この地域のハス栽培の牽引者であります外岡徳三郎さんの指導と、休耕田地主の高野確さんのご理解とご協力をいただき棚田にハス池作りがはじまったからです。走雲峡ライン入口の「田んぼ」は米づくりをする人手がなくなり、長らく休耕田として放置されていました。耕作を放棄された棚田は、竹や雑木、カヤが生い茂り田んぼの面影はまったくなくなっていました。しかも、表土は猪にほっくり返されてデコボコになっていました。この作業はチェーンソーで木を切り、池野さんの本業であったパワーシャベルで土地を整備していきました。そして埋もれていたあぜの石垣を生かしながら、8枚の棚田を復元しました。
 平成15年2月、17アールの棚田状のハス池8面とスイレン池1面の整備が完了しました。棚田には、高さ3メートル、長さ13メートル、幅1・8メートルの太鼓橋「蓮華橋」と観賞・休憩所「かのう屋」(地域の地名「加納」と「やれば何でも可能だ」という願いを込めて命名されました)も建設しました。こうした活動により、7月から9月にかけて高貴なピンク色の大輪のハスが雑草だらけだった休耕田に咲き誇るようになりました。


心を癒す里山づくり

 同年の7月には、池野さんを支えてきた仲間たちでボランティアグループ・走雲峡ライン「桃源郷・里山づくりネットワーク」が結成されました。現在は毎月第3日曜日を活動日として、走雲峡ラインの草刈り、ハス池の整備活動を続けています。まったく別々の職場で働く大人たちが、「地域の自然環境を守り里山を再生したい!」という思いを共通点として集まった仲間です。作業をして汗をかいた後の懇親会も楽しみのひとつとなっています。
 ボランティア活動日以外でも、池野さんは毎日、沿道の整備作業に汗を流しています。ゴミもなく草刈りをされた沿道は気持のよい散歩道です。ヤマアジサイやハスの花の咲き誇る景観は大変美しいものであります。しかし、美しい花を咲かせ景観を保つボランティア作業は言葉では表現できないほどの大変な作業であります。そして、自然相手の田や山の仕事には「適期」があります。人間の都合で作業を合わせるのではなく、自然の求めるままに作業を合わせていかなければなりません。春夏秋冬、その時々に必要な作業を行なわないと、きれいな花は咲いてくれません。沿道の草刈り、花への追肥、田の草取り、畦の草刈り、蓮の消毒、夏場は強い日ざしときつい作業で汗まみれになります。沿道の入口から始めて終着点で作業を終る頃にはもう入り口の草がはえ始めてきます。現実は泣きたくなるような日々の繰り返しであります。
 そんな時、池野さんは、「かのう屋」の縁台に座って、涼しい風に身が包まれる瞬間が至福な時だと言います。そして、来園者の「感想ノート」をひろげて、来園者の「この場所は心が癒されて元気が沸いてきます」という言葉に励まされるとともに、池野さん自身も皆に喜んでもらえるようにまたガンバローという元気が湧いてくるのだそうです。
 ゴミの不法投棄の山を昔のような里山に戻したい、という思いで活動をはじめた池野さんの活動は、地域の中で様々な括動を展開する場所に変わってきています。里山の再生とともに、トンボが飛び、オタマジャクシやメダカが泳ぎ、カワニナも育っています。そんな場所が、小学校の総合学習の場や近隣の高校園芸科のボランティア活動の活躍の場所にもなってきました。アジサイの沿道、ハス池は南伊豆町の新しい観光スポットにもなりつつあります。ハス池を観賞する休み所「かのう屋」は訪れる人々の誰もが「なつかしい風景だ」という言葉をもらします。訪れる人々がこの場所で心身を癒し、元気を取り戻して帰っていきます。
 美しい花を咲かせるためには、土壌を良くし根元を耕すことが大切です。1人の人間の活動が、それに共感する地域の人々を動かし、1人1人と仲間が増えてきました。自然が相手の活動は遠回りで、時間と労力がかかります。しかし、地域の小さな仲間たちの心を大いに豊かにしてくれます。そのことが、地域という大きな木の根元を耕すことにつながっていきます。日常の生活そのもの、普段のありふれた地域の営みを大切にしていくことが、現代における新しい地域のつながりをしっかりしたものにしていくものと確信しています。地域を愛し、隣人を愛することを、ゴミのない山を維持し、心を癒す里山づくりの活動から地域の中に浸透させていきたと願っています。