「ふるさとづくり2005」掲載 |
<集団の部>ふるさとづくり賞 振興奨励賞 |
地域の子どもは地域の中で育てよう―伝統芸能の継承を通じて「若者のグループ『森若』の誕生とその背景」― |
大分県大分市 森渡り拍子保存会 |
はじめに 森地区で育った子どもたちにとっては、ここ森地区が「ふるさと」です。その「ふるさと」の思い出を子どもたちの心の中にたくさん作ってあげるのは、その地域に住む大人の役目ではないでしょうか。 こうした思いを持つ大人が地域活動を始めて14年になります。活動を続ける中で、昨年、若者を中心にした『森若』というグループが誕生しました。 私たち大人の思いが次の世代を担う子どもたちにつなげていける喜びを今、実感しつつ、若者のこれからの自信に満ちた行動と「ふるさと森」が豊かな心のあふれる町につながるよう、期待に胸を膨らませています。 私たちの住んでいる地域 大分市の東部に位置し、大野川の分流・乙津川がゆったりと流れる自然味豊かな地域で、従前は、田・畑中心の農村地帯でした。 地域一帯を別保と称し、その中の「森」という地区に私たちは住んでいます。 昭和40年代に入り、臨海部に新日鉄大分工場をはじめ多くの大手企業の進出により、地域は大きく変わりました。 団地造成・商店街の形成など都市化が進み、人口も40年代当初2000人台であったものが、現在では1万6700人、これを森地区でみますと、600人から3300人となっています。 このような人口急増は、地域内においては、新旧住民の相互の交流の場がなく、お互い無関心を装うといった状況が見られるときもありました。 このことは、子どもたちにも影響し、別保小学校の児童数が1450人と大分一のマンモス校となり、青少年の非行・環境浄化と合わせ大きな地域課題となって様々な問題が発生することもありました。こうした事情から、自治会としても地区民の『人心を育むこと』に積極的に取り組んできた経緯がありました。 地域づくりの必要性(青少年の健全育成の視点に立って…) 地域の急激な進展・都市化・人口の増加は地縁的結合の希薄化を招き、大人、子どもを問わず日常生活において、「あいさつ」一つできず連帯感を共有できない状況を呈してきました。こうした中、何とかしよういう機運が高まり、地域再生に向けて取り組むことになりました。その地域活動の一つとして、「地域子供ふれあいキャンプ」を企画・実施しました。 実行委員会をつくり、「おとうさんと子どもたち」と限定してのこの集いでしたが、50名を超す父親の参加を得て、子どもたちが就眠した後、夜なべ談義へと話は進み、初対面同士がお互い地域で友を得た感じとなりました。このことは、その後の森地区の多くの行車の中に、参加者のお父さんたちの名前があり、様々な行事に進んで参画されている様子が伺え、頼もしく感じてきました。 〔地域子供ふれあいキャンプ〕 ◇目的・森地区に住んでいる親子、子ども同士の親睦と融和、気軽に話し合える友だち・仲間づくり、地域づくり ◇運営・父親と子どもたち ◇参加者・父親39名、子ども83名 ◇成果及び課題 ・総勢132名の参加。特に実行委員10名に初参加の父親29名は予想以上。 ・母親から1人寝、怪我などの申し出があったが、心配なら参加させないでと言い切る。包丁やナイフの使えない子、まきを使っての煮炊きなどの体験をさせた。 ・各テントは小6〜小1の交流が図れるように異年齢のグループにした。これはその後の登下校や学校生活に役立ったようだ。 ・父親同士の夜なべ談義は、多種多様の職種の方の集まりとなり、話題も豊富で夜を徹しての談義となり仲間意識を強くした。 ・このとき、地区に伝わるお祭り・渡り拍子も語られ、会員を募っての保存会組織の再編へと発展していった。 このことからして、渡り拍子保存会の再編と今日の活動の根底には、5年間にわたる「地域子供ふれあいキャンプ」と父親による夜なべ談義を行なってきたことが大きいと思います。 そして、その父親の子どもたちが『森若』が組織化できるように、中核となって動き出したのです。 渡り拍子保存会の見直しと再編 森地区には、古くから村の鎮守として存在してきた由緒ある神社があります。 春には種をまきよろずの神に生育を祈ってのお祭り、実り・収穫に感謝しての大祭があり、神輿、山車などが森地区一帯を練り歩きます。 その時のお囃子が渡り拍子で、大太鼓・小太鼓・笛が使われます。 この音曲の伝承は、代々、地区の大人が子どもたちに教えるという形をとってきましたが、それは小さい地区内の対応にすぎなかったことから、抜本的な見直しを行ない、伝承技法を正しく伝えることを念頭に置いた保存会の組織が発足しました。 〔渡り拍子保存会〕 現在の会員は65名で、年初めの総会での活動計画に基づいて運営している。 @森地区に古くから伝わる笛や和太鼓の吹き方・叩き方(吹方打法)を伝承し、地域伝統文芸の保存と研究に努め、以って伝統芸能の習得を通して青少年の健全な育成に寄与し、地域杜会交流の場を作り出している。 A伝承技法を正しく伝えるため、会員を中心に日々研鑽に努めている。 B年間活動計画 ・初心者の入門講座・中級者向上研修会の開催。 年間を通して隔週毎水曜日に実施。笛と和太鼓の吹方打法の伝授。9月中旬から祭典までは毎日午後7時〜9時集中講習会を地域と一体となって行なう。200名。 ・指導者の養成(認定保存員の拡充) 開催は6、8、11、2の各月。 参加対象は認定を受けている青少年約20名で、技法伝授の心構えと方法を行なう。 一定の吹方打法(10種類)を習得すると認定書を発行し、毎年20有余名に授与している。 ・その中から、さらに伝授指導できるものを認定保存員に登録して、初心者の指導に当たっている。現在27名が認定保存員に登録されている。 Cその他の活動 *山車の作成 子どもたちの増加から、1台の山車ではどうにもならず、地元自治会や心ある方々のご協力と、さらには大分市より「地域づくり推進基金事業」としての助成金をいただき、現在4台の山車を持っている。 *大分市の七夕まつりへ毎年参加。 *敬老の日や地区・校区の諸行事には、要請に応じて参加。 「地域への思い」が一つの形となって〜若者グループ『森若』の誕生〜 地域への熱い思いを持つ仲間が集まり、子どもたちと交じり合う中から、何か子どもたちの心に「ふるさと」として残るものをと話し合う中から、地区に伝わるお葬りのときの「お囃子」・笛・太鼓による「渡り拍子」の伝承に取り組んできました。 取り組みを始めて14年、この間の子どもたちは中学、高校、社会人へと成長しました。 そして、平成14年、その子どもたちを中心に『森若』というグループを地区に誕生させ、 @自分たちの「ふるさと」は自分たちで創る。 A自分たちが主体の祭りをする。B年齢・男・女関係なく仲間をつくろう。 という主旨でもって立ち上がってくれました。 『森若』スローガン 〜僕たちでつくっていこう。森地区はこんなにすばらしい〜 「ふるさと」の思い出は人(大人・親)につくってもらうものではない。自分たちで色々なものに積極的に参加し、つくり、愛し、初めて自分たちの「ふるさと」ができるものだと思う。 いつか大人になったとき、誇れるような「ふるさと」森に僕たちはしたい。 僕たちの森には団地祭りではない伝統的な秋祭りがある。 これは大変幸せなことだと思う。 祭り・太鼓・笛が僕たちが生きてる限り、そして子ども、そのまた子どもの代まで続いて欲しい。 そのためには若い力を結集してがんばっていきたい。 いつか森を離れることがあっても祭りの時には絶対帰ってくるぞ!! この森全部・幼稚園―小学校―中学校―高校―大人―老人をすべてつないでみんな仲良く!!そのための仲間をつくろう。 【『森若』の約束】 ◇目標 ・吹き込み、吹ききりを覚える。 ・認定保存員を目指す。 ・笛が続くようにする。(20分) ◇仕事 ・小学生や仲間に笛・太鼓を教える。 ・祭りは「森若」として仕事をする。 ◇祭り ・練習―準備―祭り―後片付け―反省会までが祭りである。 ◇行事参加 ・鶴崎踊り(国選択無形民族文化財)にも協力、参加しよう。 ・大分七夕祭りに参加して、各地の友達と交流しましょう。 これからの展望と課題 @子どもたちが減少傾向にあるが、充実した中身の濃い活動を行なうことによって、参加率を上げていきたい。 昨今、小学生は減少していますが、中学・高校生が引き続いて出てきてくれる。 A近隣地域での就職難による『森若』世代の減少などが考えられる。「渡り拍子保存会」だけの活動では限りがあり、自治会、育成会、老人会などと互いに協力し、地域の活性化を図りたい。 B青少年の健やかな育成については、大分市青少協の掲げる「地域のこども像」を念頭に、保存会、『森若』として行動していく。 ●地域の行事に参加する子ども。●地域のルールを受け容れる子ども。●地域の人と交流できる子ども。●家庭や地域での役割を担える子ども。 Cこうして成長した子どもたちが、これから社会のいろいろな部門で力を発揮し活動してくれることを願うと同時に、汗を拭くとき「まつり・渡り拍子」を思い出してくれることを願っている。 D『森若』の結成には14年かかったが、これは人集めのイベントでは誕生しなかったことだと思う。私たちは年間を通し心と心をつなぐものとして、祭囃子・笛・太鼓にしました。これからも、この活動を大事に続けていきたい。 Eこうした『森若』の気持ちは、自治会活動も大きく動かす原動力ともなりつつあり、15年度から地区内33班に各1名の「祭典委員」を年間常設することが決定、選任され、保存会との連携はもとより、『森若』とも力を携えて祭りへの取り組みを進めています。『森若』の活動は、祭りのみならず、地域活動の中で「自分たちの住んでいる町は、自分たちの手で」を合い言葉に「ふるさと森」の心の絆を築いていくための力になれればと、さらにその輪を広げていきたいと願っています。 |