「ふるさとづくり'87」掲載

わがふるさと塙山コミュニティ
茨城県 塙山学区住みよいまちをつくる会
国体をきつかけにまちづくりヘ

 日立市では、昭和46年、3年後に開催される茨城国体に全国から集まる選手を「きれいなまちでむかえよう」という行政からの呼びかけと、市民のなかに盛り上がりつつあった「国体を成功させよう」という機運とが一体となり、美化運動を中心とした市民運動の第1歩がふみ出された。これと平行して、同年、市民運動を育成、援助するために市の担当部として市民活動部が新設され、市民総参加の市政をすすめていくこととなった。国体終了後もこの運動を小学校区ごとに独立した団体として自分たちの住む地域への意識を高め、市民の積極的な参加を促す目的で市民運動推進連絡協議会が組織された。
 その後、「青少年をたくましく育てる」「美しい環境づくり」「スポーツ・レクリエーションに親しむ」「散乱空きカンをなくそう」「河川をきれいにしよう」という運動などが始められ現在も続けられている。


“塙山方式”のコミュニティ活動

 塙山地区は団地造成によって人口が急増したため、昭和54年4月、塙山小学校が新設されたのに伴い、昭和55年6月、隣接の小学校区で活動していた市民運動のリーダーが発起人となり、塙山学区住みよいまちをつくる会を発足させた。当初はなかなか動き出さなかったが、同年11月に開催した第1回住民レクリエーション大会の成功によって始動し、翌56年度から会費制、広報紙「かわら版」の毎月発行など、「塙山方式」ともいうべきコミュニティ活動が始まった。
 以来、市報のボランティア配送、市民センター建設陳情、さんさん祭り、生活環境、住民意識のアンケート、街灯設置、違法看板撤去、空きカン回収、河川清掃、ゴヂャッペ市、街路樹植樹、ふれあいポスト、非行防止パトロールや地区懇談会、地区対抗早朝ソフトボールリーグ戦など、住民のふれあいを深め、地域環境を整備する事業が地域住民の企画と実践によってすすめられてきた。
 これらの事業を円滑にすすめるために、学区内8地区の地区長、専門部の正副部長、PTA、子ども会、老人会など各種団体代表者および役員による幹事会を月1回定期的に開催し、活動を推進している。事業の企画にあたる専門部は当初わずか4つであったが事業ごとに専門部も新設され、61年度は11の専門部になっている。
 会の財源は会費、補助金、かわら版広告収入、ゴヂャッペ市などの収益金合計250万円余でまかなわれているが、発足当時からコミュニティは全世帯加入の会費制がのぞましいとの考えで、昭和56年から1世帯、年額200円でスタートした。当時は住民の意識がまったくなく、地域の組織もないところでの会費徴収であったが、1戸1戸をまわって集めたことによって、会の存在と、コミュニティづくりの意義を知らせることができ、その後の活動がたいへんやりやすくなった。57年度は年額300円、59年度から500円に改訂した。61年度の加入率は75%であり、会費収入は90万円で全体の36%となっている(なお当市の他地区で会費制をとっているのは、年額100円と20円の2学区のみ)。


広報紙「かわら版」を毎月発行

 コミュニティづくりを進めるには、まず住民の意識を高め共通情報を持つ必要性から、会の広報紙「かわら版」を昭和56年3月以来毎月発行している。発行経費の節減と速報性を出すために手書きのB4版2頁とし、3000部印刷をし、市報と一緒に全戸配布している。
 紙面には、地域の人をできるだけたくさん登場させることや、リーダーの人物紹介をするなどして興味を持たせ、読まれる広報紙を心がけている。
 59年度のアンケート調査によれば、学区内の90%の家庭で読まれており、現在では住みよいまちをつくる会とかわら版を知らない人はほとんどなく、毎月の発行を心待ちしている人も多い。創刊以来毎月休まず発行し現在66号を数え、かわら版は会の活動記録であり、また、事業推進の重要な資料として、いまではかわら版抜きで塙山のコミュニティづくりを語ることはできない。61年4月からOA化によりワープロが導入され一段と読みやすくなった。
 5年間に全世帯対象のアンケートを3回実施、住民の要望をつかみ、事業の立案、企画に生かしている。これまでに街灯の増設、カーブミラー、ガードレールの布設、地域センター建設、児童遊園地の設置、年金説明会の開催、郵便局設置の要望書を提出するなどを行ってきた。とくに要望の多かった集会所施設の建設は署名運動、数回に及ぶ陳情の結果、日立市内で初めてのコミュニティセンターが建設されるところとなり、59年5月の塙山コミュニティ活動に大きな弾みをつけることになった。
 毎月開催の定例幹事会をはじめ、毎月のように行われている各種の事業を通してのふれあいの深まりから老若男女の別なく、誰でも役員をやれる雰囲気があり、1年程度の経験者が専門部長に推薦されてリーダーとして活躍する例も多い。とくに昼間の活動を担う女性リーダーの存在は大きく、会発展の要となっており、常にその発掘と養成に心がけている(61年の女性リーダーは25名、30%)。


専門部制で多彩な事業

 事業はすべて各専門部で企画立案されている。
・3世代のふれあい“さんさん祭り”
 太陽(SUN)のもとで、息子(SON)たちが生き生きと健やかに育つことを願ってさんさん祭りと名づけた。この祭りで子ども会ごとにつくる「子どもみこし」は、親子のふれあいと同時にに大人同士のふれあいの場にもなっている。また、お年よりと子どもが昔の遊び道具を一緒につくるコーナーは一緒に遊ぶことで、お年寄りに関心を持ち大切にする心を養う場でもある。さらに地域の各種団体(スポーツ少年団、PTA、ボーイ・ガールスカウト、自治会、子ども会等〉が出す模擬店は、ゆかた姿で楽しむ子どもたちで賑わい大人たちの郷愁もさそう。子どもたちは「子どもの店」を出して大活躍するなど、毎年いろいろなアイデアで祭りを盛り上げている。
・地域のまとまりはレク大会から
 会発足の年の最初の住民レク大会が現在の会発足の足がかりとなっているが、今年で5回目を迎えるこのレク大会は8地区の対抗戦で進められ、地区長を中心に地区がまとまるよい機会となっている。
・ゴヂャッペ市でリサイクル
 当地の方言から名付けられたゴヂャッペ市はその名の通り何でも持ち込みバカ安値で売るリサイクル市である。中古の子ども自転車やベビーベッドなどが粗大ゴミにならずに超安値でいま必要としている人に渡っていくことは子どもたちに物を大切にすることを教えるところとなっている。
・1番の関心事は健康
 この地域が健康推進モデル地区になって以来、コンピュータ健康診断や毎月の健康相談、講演会を行ってきているが、回を重ねるごとに参加者はふえている。
・朝の目ざめは早朝ソフトで
 5月から9月ごろまでの毎週日曜日の朝、6時からの2時間は地区対抗ソフトボールリーグ戦の時間である。これは地域のスポーツ振興ばかりでなく、中学生や高校生が出場することもあり、ふれあいで年代のギャップを埋めるのに役立っている。
・革の根文化祭
 地域センターオープンにより59年11月から文化祭を開催している。いろいろな流派が一堂に揃う生け花、上手下手に関係なく誰でも参加できる展示や催事。発表部門では学区内2つの中学校の合唱や吹奏楽の演奏もあり、わが子の晴れ姿を見る人で娠わう。
・青少年育成はミニ集会から
 次代を担う子どもたちを健全に育成することはわれわれ大人の最大の任務であるが、地域でのミニ集会はとくに力を入れている。ここでは、話合いをしながら子育ての勉強をしている。
・住民の二ーズに応えた年金相談会
 サラリーマンの多いこの地域は老後の年金に関心が深い。説明会はQアンドA方式で個々の疑問に対しては、わかりやすく説明するなど年金制度を理解するとともに豊かな年金生活を送るための勉強会でもある。
・どんど焼き
 正月14日の夜は塙山恒例のどんど焼きが行われる。これは正月のしめ飾りなどをゴミと一緒には捨てがたいとの声が多いことから始まった行事である。燃えさかる炎を囲んであったかい甘酒を手に塙山のコミュニティについても語り合う。
・地域で長寿を祝う敬老祭
 婦人会が主体で行ってきた敬老会を地域全体で行うことにし、祭り的なもので老若男女が長寿を祝う場とした。このことが高齢化社会への関心を深めることにもなり次に紹介する“ふれあい60”の企画へ発展した。
・新しい出会い“ふれあい60”
 80%が新住民の塙山地区では話し相手や親せきも多くはない。停年を過ぎいままでの生活に一区切りついた60歳代の人たちが気軽におしゃべりでもしようという集いがふれあい60である。
 第1回の集いは講演会、2回目は温泉1泊の旅をする。だれもが経験したことのない人生80年代を生きる60歳同士がこの集いを通して新しい仲間ができ、みんなで知恵を出し合い、生きがいをもって明るく生きるモデルとなることを期待している。


高齢者問題に対応するコミュニティに

 7年間に多くの事業をすすめてきてそれなりの成果は上がっているが、それとともに多くの問題点も浮きぼりにされてきている。例えば自治会のない地区は関心が低く、市民運動を知らない人や、活動に参加しない人がまだたくさんいること。会の活動は一見順調のようにみえるが、まだ一部の活動家によって支えられていること。若年層や老年層の参加が非常に少ないこと。高齢化社会時代における地域福祉の取り組みをどうするかなど、大きな課題が山積している。
 塙山においても老夫婦だけの家庭、独居老人、寝たきり老人などが年々増加しており、これら現代の難問題に対応できてこそ真のコミュニティであろう。幸い塙山では7年間の活動を通してふれあいの輪が年々大きくふくらみ、自然な人の集まりから話し合いが生まれ、助けあいの地域づくりを目ざそうとする空気が出はじめていることはうれしい。しかし、ボランティアによる地域福祉にも限界があり、行政と密按な連携をとりながらのコミュニティづくりがますます重要になってくるのではなかろうか。
 コミュニティづくりはゴールのない長距離走であり、塙山ではその第1コーナーをまわったばかりであるが、これまでの実践体験を土台にし、問題点を的確にとらえ、長期的展望に立ったコミュニティプランを立て、息切れすることなく着実な歩みを続けていきたい。