「ふるさとづくり'87」掲載

生活者の発想で地域に根ざした文化づくり
埼玉県 市民文化センター
地域をよくしようとする志を実践する場

 「市民文化センター」は、生活者の発想で地域に根ざした文化づくり・コミュニティづくりを多面的に展開している民間のグループである。
 活動に取り組む各自が、家庭や職場をきちんと維持することを基本前提にしつつ、自らの汗をかくことによって、“地域を知り、地域を少しでもよくしようとする志”を実践する場として、また、その実践を通して各自の足元をみつめ直すことを主眼として、昭和53年11月に発足した。今年で8年目になる。
 活動内容については後述の通りだが、これまで「埼玉子ども名画会」「埼玉むかしむかしの会」「浦和市民寄席」「街かどに文化とふれあいの場をつくる運動」「埼玉常民大学」「文化教室」など地域に密着した活動を定例化して継続してきた。
 これらの活動の1つひとつをタテ系とするならば、「地域の素材を活かす運動」「埼玉にゆかりのある文化人・実践家の半日里帰り運動」をヨコ系としてからませ、地域に埋もれ散在しているエネルギー・機能を生活者の発想で組み合わせることによって各活動を推進している。
 市民文化センターは、有志の勉強会や雑談での“地域問題を語る”なかで、徐々に発酵していった。
 要約すれば次の問題意識が発足の契機となった。
(1)はからずも埼玉に住み、心と生活の糧を東京に置く私たちは、地域を“ねぐら”としてののみとらえていないか。
(2)好むと好まざるにかかわらず、経済主義・功利主義の普遍化した組織に所属する私たちは地域・教育・家庭・文化など社会生活の基本事項にまでも、功利主義・経済主義をもって対応していないか。
(3)めまぐるしい技術文明の進展、情報量の増大のなかで“自己の確立”をどうはかり、いかに高めるか。
(4)地域や社会の課題に対し、傍観者であっていいのか。
(5)行政や商業資本主導型の文化事業、施設依存型の芸術活動、費用増大傾向、アフターケア不在型の文化事業の増大など、こうした趨勢は地域に根づく文化となりうるのか。
 このような問題意識を検討するうちに私たち1人ひとりが地域や社会に抱く“志”を、汗をかくことによって実践する“場”をつくろうという結論に達した。
 市民文化センターという名称は、私たち名もなき市民が“自ら汗を流すことによって地域に密着し地域に根づく文化づくり・コミュニティづくりを実践する場”という意味をこめてつけたものである。


自主・自立を活動の基本にして

 発足にあたり、私たちは次の基本方針を定めた。もし、これらが崩れる場合には、自らを恥じてセンターを解散することを前提とした出発である。
(1)自主・自立を旨とすること。従ってどこからも財政援助を受けず、かつ、特定の政治・宗教・営利を目的としないこと。
(2)活動の素材は地域や日常生活に求めること。
(3)取り組みにあたっては、生活者の発想を原点とすること。
(4)はじめた活動は、不退転の意志と努力で継続すること。
(5)誰もが参加できる開かれた運営体とすること。
(6)活動に対する基本尺度は、テーマに向けての“努力と創意”をもって行い集客数、収支など功利的尺度を中心におかないこと。
(7)活動を通してのアフターケアとコミュニケーションを大切にすること。
 以上のことを戒律におき、有志4人、各自が工面した資金300万円をもって、昭和53年11月、浦和で発足した。
 この8年間で活動は多岐にわたってきた。各活動は、活動ごとに主旨を明確にするために独立した名称と会則をもっている。


多岐にわたる8年間の活動

・埼玉子ども名画会
 この活動は、次代を担う子どもたちに私たち大人は何をすべきか、という問題意識のなかで昭和54年2月に発足した映画鑑賞会である。現在、埼玉県下7ヶ所で定期開催(各年2〜3回)し、これまで209回開催してきた。子どもたちとその父兄を対象にしている。
 この活動の特色は、
(1)上映映画は、人気や流行に左右されないで、“みせたい映画”を選定していること。
(2)アフターケアを大切にするために、上映会ごとに感想文(文や絵)をつのり、これを手づくりの文集として編集し提出者全員に無料でプレゼントしていること(既刊21巻、文集名「ぐりんぴーす」)。
(3)映画の選定、開催、アフターケアまで地域の父兄とともに取り組んでいること。
(4)上映ごとに子どもに語りかけコミュニケーションをはかると同時に、挨拶、マナーを指導していること。
(5)低料金(前売400円、当日500円)で開催し、かつあくまで任意の鑑賞会であること。
(6)映画の原作文の読書誘導をしていること−−などである。
 子どもの感想文を通して、スタッフが逆に啓発されている映画会である。
・埼玉むかしむかしの会
 この活動は、都市化の波に洗われる埼玉において、“地域を知り、地域に愛着をもつことが地域文化活性化の原点である”という認識のなかで、どこの地域にもある「民話」に着目し、これを芸能の原点の1つである「語り」で鑑賞する活動である。昭和54年4月に発足し、浦和での年2回の定期開催(これまで14回)のほか、埼玉の各地、関西、四国、九州に輪が広がりつつある。
 この活動の特色は
(1)民話は日本各地の民話、現代の民話をとりあげるほか、開催地の民話をその地域の民話研究グループと連携して発掘し、プログラムに入れること。
(2)語り部は埼玉在住の俳優を登用していること(小沢重雄・清水マリほか)。
(3)伴奏楽器には必ず日本の伝統楽器(尺八・太棹)を使用し、こういう場を活用してこれからの良さを認識してもらっていること。
(4)どんな会場でも対応できるようシンプルな公演形式をとっていること。
(5)マイクは一切使用しないこと。
(6)定期開催のほか、家庭での“語り”の復活を啓蒙し、かつ民話へ目を向ける運動として、地域の子ども会・公民館などに出張する普及活動を併行していること−などである。


地域商店街のイメージづくりと活性化

・埼玉市民寄席
 この活動は、(イ)古典落語を中心に、じっくり落語を鑑賞できる場をつくろう(ロ)この定期開催を通して“寄席のあるまち”という地域商店街のイメージづけに活用しようという主旨で昭和53年10月に発足し、この10月で129回(毎月1回)になった。
 毎回4〜5人の噺家(これまで208人出演)を招きじっくり語ってもらっている。
 この寄席の特色は−−。
(1)噺家と聞き手が一体感をもてるよう、マイクを使わない小会場(定員100人)で行っていること。
(2)“我がまちのみんなが育てる市民寄席”というキャッチフレーズの下で、商店から寄せられた品を“寄席くじ”にしてお客の楽しみに提供していること。
(3)企画・噺家の手配・司会・会場づくり・告知など開催のすべてを主婦グループが取り組んでいること。
(4)お客や噺家とのコミュニケーションを大切にし、それを企画に活かしていること−などがあげられる。
・街かどに文化とふれあいの場をつくる運動
 この活動は、浦和市と当事務局のある商店街が共同して実現した「さくら草通りショッピングモール」の空間を活用して、文化・物流にわたる各種の“いち”を定例化することによって“市民のふれあいの場”を創出し、併せて商店街の活性化をはかる活動である。これまで「古民具骨董浦和宿ふるさといち」(月1回)「浦和宿古本市」(年5回)「埼玉の物産いち」(年1回)「手づくり品バザール」(年5回)「埼玉の陶器いち」(年2回)「浦和植木いち」(年1回)「埼玉中央まつり」(年1回埼玉県と共催)「りさいくるバザール」(年1回)「さくら草通りふれあいパーティ」(不定期に開催する文化イベント)などを定例開催してきた。これらの活動の契機は、大型百貨店の駅前進出により急激な衰退をみた地域商店街の姿を、一地域民として見過ごすことができなかったことにある。
 私たちは、商店街に一切の費用負担をかけないで、この課題に取り組むことになった。
 そして、“2つの橋をかける運動”を設定した。これは、モール空間を商店街という視点から離れて“地域の文化・物流の交歓の場”ととらえ、地域に散在している“エネルギー”“機能”を組み合わせることによって“人が集まる”装置とし定例化する(第1の橋をかける作業)、この集まった人々に商店街の個々の店がどういうサービスをもって対応するか(第2の橋をかける作業)、と考えたわけである。
 “いち”は、地域イメージ、季節性を配慮しつつ前記の通り多様化してきた。
 第1の橋づくりは盛況となってきたが、第2の橋づくりは商店街の構造問題を含めて今後の課題となっている。


足元をみつめ固める活動

・埼玉常民大学
 この活動は、社会の諸問題や動向と私たち1人ひとりとのかかわりあいをきちんと見極め、“自己の主体性を確立する”ための勉強会である。“足元をきちんとみつめ、固める”ことがいま私たちにとって1番大切な姿勢であるという主旨から発足した。
 この会の特色は
(1)テーマは固定しないで、人生、教育、都市問題などタイムリーに取り上げ、10年開催(月1回)のなかでテーマごとに支流をつくることを配慮していること。
(2)講師と参加者が一体感を持てるよう質疑と全員での話し合いを大切にしていること(従って小会場で開催)。
(3)講師は「埼玉にゆかりのある文化人・実践家の半日里帰り運動」に連動していること−などである。
・文化教室
 知育に偏りがちな教育の動向を憂い、また、生涯教育の場の一助として発足したのが文化教室である。昭和54年1月に開設し今日まで32講座を設けてきた。
 子ども対象の教室は“伸びやかに健やかに”のテーマに沿って「からだづくり」「しつけ」を中心とした教室とし、成人対象の教室は“はつらつ生き活き”のテーマに沿って、「手づくり」「健康づくり」を中心にしている。来年からは前述の「埼玉常民大学」の活動と連動させ、各テーマを深めるためのセミナーを開設する予定になっている。
 この活動の特色は
(1)総花的な講座設定は行わず、テーマに沿って適宜に設定していること。
(2)少人数クラス編成(15人以内)を原則として、コミュニケーションを大切にしていること。
(3)講師は名を求めず、情熱をもった地域市民に委嘱していること−などである。


市民文化センターの運営

 地域に向けてのささやかな“志”を実践する場として発足した市民文化センターは、8年の歳月の中でいろいろの根を張ってきた。この運営体制を要約すると次の通りである。
(1)運営組織…志をもつ誰もが、無理のない時間を使って参加できる体制となっている(アメーバ組織と呼んでいる)。大別すると「常任スタッフ」「地域スタッフ」「フリースタッフ」となる。
○「常任スタッフ」…各活動の総合事務局機能をはたすもので、現在6名(主婦5名代表1名)が各自の時間調整をはかりながらパート体制をとっている。毎週1回全員会議をもっている。
○「地域スタッフ」…定例開催地の推進スタッフで(各地4〜5名)必要に応じ企画会議に参加する。
○「フリースタッフ」…学生や事務局を訪れる人々、催物会員の有志で必要に応じ参加。とくに学生についてはいままでに56人が社会に育っていった。
(2)企画…常任スタッフ、地域スタッフが日常生活に抱く問題意識をもちより、フリートーキングしながら組み立てている。
(3)活動費用…費用はすべて活動を通しての入場料収入や月謝収入でまかなっている。どこからも一切の援助を受けていない。こう書くと簡単だが、人知れぬ努力と工夫が必要だった。(イ)各活動の姿勢をきちんと保持し共感者の輪を広げること(ロ)そのために誰もが参加できる体制とすること(ハ)極力手づくりで行うこと(ニ)「つもり貯金」(例えば酒をのんだつもりで、その分を活動資金にプール)を任意で行っていることなど、工夫してきた。
 なお、スタッフの報酬は参加した時間に応じて支給している(代表は除く)。これは、地域活動に息長く取り組むには、ボランタリーでは限界があるからである。
 会計はスタッフに対しては公開し、税務報告も行っている。


地域をよくする「志」の継続的実践がまちづくりへ

 私たちは「市民文化センター」という“場”をつくることにより、生活者の立場から文化づくり・コミュニティづくりに取り組んできた。そしてこの8年間で多くの地域を知り、多くの人を知り、多くのことを学んできた。また、視点を開けば、地域には地域活性化の起爆となる多くの素材、エネルギー(とくに人的エネルギー)、機能が活用されないで散在していることを知った。これらを汗を流して発掘し、組み合わせ、弾力的な運営システムで対応したとき、地域に根づく活動が無限に展開できるのではないか、こういう思いがする。
 “街づくり”が課題とされる折り、この課題を身近にするには、私たち1人ひとりがあまり大上段に構えないで、地域に対する“志”をちょっとでもよいから継続して実践する姿勢をもつことが、“街づくりへの第1歩”と思う。
 市民文化センターは、これまで学んだ経験を求めれば提供し、いろいろの地域と連携しながら、“生活者の発想で、地域を知り、地域を高め、自分をみつめる運動”として、初心を忘れず歩んでいきたいと思っている。