「ふるさとづくり'88」掲載 |
ペット条例制定による美しい街づくり |
宮崎県宮崎市 大塚第西3丁目自治会 |
私が住む大塚台西三丁目地区は、世帯数約600、人口約2,200で大塚台団地の南西部一帯に位置する地区である。地区内には集合住宅が約200戸、一般分譲住宅が約400戸ある。 狭い地域にさまざまな考え方や習慣の言葉(方言等)の異なる人々が住んでいるわけだから、日常生活のなかでいろいろなトラブルが発生した。入居当初は隣家との境界線上のブロック塀の高さや、樹本の落葉の処理・ペットの鳴き声・飼育方法・音公害・駐車方法・ゴミ焼却の煙などをめぐってトラブルが発生した。全く知らない者同志が、いきなり隣組として生活するわけだから、そのような問題が多発したのは当然といえば当然だった。 西三丁目地区における私たちの活動はこれらの入居当初の諸問題をどのようにしていけば解決でき、住みよい街づくりが進められるのかというところから出発した。そして住民の精神的スローガンとして「大塚台の心は一つ」「潤いと人情味あふれる住みよい街・豊かなふるさとづくりを」ということを合言葉にみんなで力をあわせ、知恵を出し合ってきた。 生活に潤いをそえるため、住民は庭をつくり樹々を植え、草花を育て、そして自分の好きなペットを飼い始めた。ペットに寄せる愛情は、ときにはさまざまな問題をかもし出した。とくにペットの運動不足を解消するため、人びとは朝夕ペットを散歩につれて歩くようになった。しかし、そのペットの数がふえるにしたがって、ペットの排泄する糞が街路樹の陰、公園の芝生などに放置されるようになった。 ペットについての実態調査 このことが日常生活にいろいろな波紋を投げかけるようになってきた。衛生上の観点や町内美化という観点からどうにかならないかという要望が相次ぐようになり、またネコなどの飼い捨て、ウサギ、ニワトリ飼育上の悪臭、汚れ、イヌなどの鳴き声、自宅内放し飼いによる回覧板などが滞る事態、発情期などにおけるペットによる事故の発生、生まれた小ネコ、小イヌの置き捨てなど、生活に潤いを求めるためのペットの飼育が地区内にさまざまな問題を生じさせた。 しかしながら、隣組同志の人間関係を思いはかるあまり、苦情として寄せられるのはごくわずかであり、ほとんどは、じっと我慢しているという実態があった。自治会ではこのことを重くみて、まず各種禁止の申し合わせをつくるより、地区内に飼育されているペットの数やその種類などを正確につかんだうえで、対策を考えようということになった。そして昭和60年8月に全地区内一斉にペット調査が行われた。 この調査を行うにあたっては、いろいろ心配があった。何よりもプライバシーを犯すことになりはしないか、また、調査書を出してくれるだろうかなど、初めての大がかりな取り組みであったこともあって、いろいろな不安がよぎった。住民に不必要な不安を生じさせないため、『自治会だより』による徹底した広報活動、各班座談会によるこの調査の趣旨の徹底、臨時班長総会の開催による進め方の意思統一、理事会・常任理事会を開催しての手続きの説明など、周到な準備をして実施した。その結果97%の世帯がこの調査に応じて、調査書提出の協力があり、この実態調査は大成功をおさめた。 『西三丁目自治会住民ペット条例』の制定 この調査により、これはどの多くのペットが飼育されているのかということが、数字として浮かび上がらせることができ、改めて問題の深刻さと事態の早急な改善が急がれた。この調査をもとに、いろいろな角度からの検討が行われ、住民がペット飼育上守るべきモラルとしての「西三丁目自治会住民ペット条例」が昭和61年度西三丁目自治会班長総会で決定された。この条例制定の過程では、本来ペットに責任はなく、問題は飼い主の飼育モラルを高めることが重要で、ペット飼育そのものは生活していくうえで必要なことであり、動物愛護の精神それ自体は大事にしていくことなどに配慮していこうということなども議論された。 その後イヌを連れて歩く散歩者にアピールするため20本の街頭看板を作成し、この運動への住民の協力要請を行った。この運動が定着するにつれて、イヌを連れて散歩する人びとが小さなビニール袋を侍って散歩するようになり、また排泄した場合はイヌにたしなめながらビニール袋に回収するという光景が見られはじめた。そして嬉しいことに街路樹の陰や公園からペットの糞が一掃されはじめた。 この条例制定によってペットを飼育する場合、他人に迷惑をかけないように飼うというモラルが守られるようになったことであり、ペットを飼う人の飼育意識の高揚をはかることができたことである。さらにこうしたモラル高揚がペットに対する愛護精神を陶冶して、捨てネコ、捨てイヌの防止に大きな効果をあげるようになった。このようにしてペット条例は制定されていったわけだが、このことは市内、県内でも大きな反響を呼んだ。 それまでは、どちらかというとトラブル処理を、市役所、保健所、警察などに依頼して、紛争を処理していたが、住民が自主的にモラルの取り決めをして、トラブルを未然に防ぐ方法として条例を制定し、守る努力をし合うようになったのは、まさにわが街大塚台西三丁目地区を住みよいふるさとにしていこうとする住民自らの大きな意識変革にほかならなかった。 空きカン・空きビンの分別収集 ペット条例の制定により、美しい街づくりを推進してきた実績に対して、宮崎市が空きカン・空きビン(資源ゴミ)の分別収集のモデル地区として指定をすることになった。 西三丁目地区でも車の通行量の多い道路の側溝や街路樹の陰にポイ捨てされた空きカン・空きビン・家庭用プラスチック製品などが放置されていた。しかも子供会などが行う廃品回収は、これらの空きカン・空きビン(雑ビン)類は業者が引き取らないので回収していなかった。したがって地区住民は回収すれば資源としてリサイクルできる空きビン・空きカンを不燃物として捨てていた。ゴミの集積場へ持っていけば、そのまま市の清掃車が持っていってくれる。これほど住民にとってらくな方法はない。 しかしながら、不燃物の埋立地である萩の台もあと1〜2年の埋立寿命しかなく、市は税金のなかから約25位円もかけて新しい埋立地を造成しているということをきいて、自治会として市の清掃事業にできるだけ協力しようではないかということになった。 まず、「自治会だより」で全地区住民に周知をし、臨時班長会を開いて一人ひとりの班長にこの運動の趣旨を訴えた。臨時班長総会は万場一致でモデル地区指定を受けることを決定し、空きカン・空きビンの分別収集がスタートした。 回収カゴ(サンテナ)設置地点の決定、住民への設置地点のPR・実施前日の宣伝カーによる広報などを精力的に行った。月二回の不燃物回収の日にビュール袋に入れて出せばゴミ(不燃物)として市の清掃車が持っていってくれる簡便なシステムに慣れてきたなかで、その方法をやめて、空きカン・空きビンを種類別に分け、洗浄して、栓をはずし、サンテナ設置地点まで運搬するという一見めんどうな方法にどれだけの住民の参加があるのか当日になるまでとても心配でした。夜に各設置地点を見てまわった。車のライトに照らし出された各地点の回収カゴはどの地点も空きカン・空きビンであふれ出るくらいに一杯になっていた。 美しい街づくりのために、あえてめんどうな方法でも実践しようという住民意識が着実に育ちはじめていることをこの取り組みのなかで感じることができた。これまで13回の分別収集があり、空きカン・空きビンを約12トン回収することができた。分別収集を行うようになって、不燃物の出る量も徐々に減りはじめ、この取組みのなかで住民のなかに、やればできるという自信と連帯意識が徐々に芽ばえはじめてきている。 地区コミュニティセンター建設に向けて 西三丁目地区では住民参加の諸活動のなかで自分たちの活動の拠点としての「西三丁目地区コミュニティセンター」を建設しようという気運が大きく盛りあがった。この計画には西三丁目地区住民の精神的なシンボルとして、自分たちが誇りに思い、同時に自分たちのコミュニテイ活動をさらに充実させるためには、どうしても自分たちの“お城”が欲しいという願いが込められている。建設用地の確保、建設資金をどのように用意するのかなど、幾重にも横たわる諸問題を一つひとつ解決しながら、その実現へ向けて計画は着実に動き出している。 このようにして潤いと人情味のある住みよいふるさとづくりに全ての住民が参加をするそのための意識づくりとしての自治会の訴えは、少しずつ住民の共感を呼び他地区には感じられない地区としての“ふるさと”意識を形成しつつある。急がず、時間をかけながら、着実に地区住民一人ひとりのふるさと意識高揚のためのさまざまな創意工夫をこれからも進めていかなければと思っている。地区コミュニティセンター建設、ペット条例の制定、空きカン・空きビンの分別収集へのより多くの住民の参加など、これまでの取り組みや実践で得た貴重な教訓を地区住民の共有の財産として大切にしていきながら今後もよりよいふるさとづくりを進めていきたいと思っている。 |