「ふるさとづくり'89」掲載

子供は太陽と水と土にまみれて
香川県大川町 ふるさと大川町を愛する会
 この会は、昭和60年4月に結成された会員数23名の小さな組織です。しかし、行動力をモットーにした実践団体であり、「ふるさとを愛する友」の集団として地域の活性化や青少年の健全育成に努力をしております。
 メンバーは青年層が多く、職業は多種にわたり(意志、農業、電気、美容、クリーニング、建設業、会社員)主婦も加わり、各自の持ち味を生かしてのユニークなイベントの原動力となっております。メンバーの大半の人たちは、今までも、それぞれの団体のいろいろなイベントに参画してきました。でも何か物足りなく、もっと積極的にイベントを企画・運営してみたいと思っていました。交流会をもつにつれて、一般のお祭り騒ぎ的な売店販売のみのイベントではだめだ、という共通意識がこの会の発足につながったわけです。ただ、バザーや売店などの物品販売イベントは、ある意味では華やかで、イベントを盛り上げるには最高の演出であるということは否めない事実です。しかし、その場限りの一過性のものであり、すぐに忘れ去られることでしょう。もっと心に残り心を動かすようなイベントはないものだろうか・・・。
 私はこの会の結成にあたり、全員の意見を参考にして、「ふるさと大川町を愛する友の会」という郷土に根ざしたごくありふれたネーミングでスタートしました。私たちの子供や孫が将来も緑豊かな、この大川町を愛し続けて発展させ、この町で骨を埋めてくれる者が多からんことを願ってのことです。そのためには子供たちにも、この素晴らしい大川町をよく知ってもらい、ふるさとを再確認できるような何かをしなくてはならない。言葉だけの呼びかけではなく、子供たちが感動して、ついて来るようなものでなければなりません。それには、やはり、子供と一緒に行動できるものを考えねばならないということです。
 幸いにも、私たちは若さと行動力という強い武器があります。そこで、私たちは本会第1番目の活動として、子供と共に夏季キャンプを実施しよう、という結論を出しました。しかし、キャンプといっても、この辺りで行われている親中心の給食型キャンプでは意味がありません。やはり、子供中心のサバイバルキャンプの方が子供へのインパクトが強いだろうということになりました。名付けて、「みろく原人キャンプ・アドベンチャー31時間」。名前のごとく原始人の生活を模してキャンプに取り入れたものです。電気はもちろん、水も火も何もない山の中でのキャンプです。
 私たちは恵まれた大川町の山野を利用して8月4日から5日の1泊2日のキャンプの準備を早くも4月から開始することになりました。というのも、このキャンプの食糧をなるべく自給自足でまかなおうという発想からです。
 町当局、教育委員会などにこのキャンプの趣旨、目的の説明に伺い、快い協力や後援をいただき、キャンプ地として、みろく自然公園の奥地の一角をお借りすることができました。現場は少々平地のある程度のところで、キャンプには適していないような場所でしたが、木を切り、開墾して野菜を栽培することになりました。だんだん畑を耕し、じゃがいも、なす、きゅうり、トマト、とうもろこし、すいか、いんげん豆、ピーマンなどの種まきをしました。
 本来なら、キャンプ参加予定者の手で実施してみたかったのですが、初めての試みなので、まずはスタッフの手で実施してみることにしました。野菜の植え付けの日時など、留意しておくことは全て記録しておくことにしました。4月に種まきを行い、4か月後のキャンプ当日には、果たしてどれくらいの収穫が可能なものか、いろいろ経験者に尋ねたり、本なども読んで勉強しました。経験のない私たちは本当に不安でした。それよりも、場所がら夏の野菜への灌水作業がこんなに大変だとは思ってもいませんでした。スタッフが交代で灌水に汗を流し、雨のありがたさがしみじみと身にしみて分かりました。
 さて、次に参加者の募集ですが、会の趣旨通り町内の5,6年生を対象に募集することに決定しました。町内の2つの小学校で募集要項を配布し、同時に学校へ説明と依頼に足を運びました。
 説明会での子どもたちの反応は私たちの予想に反して冷ややかなものでした。というのも宿泊当日は竹で骨組みを作り、麦わらで覆う「麦わら小屋」を予定していたので、キャンプ用のテントを使用しないということが不安を感じさせたようです。その上に食器も竹を利用して、ご飯も竹筒に入れて炊き上げる竹飯です。子供たち以上にスタッフの不安も大きいものでした。本当に竹でご飯がうまく炊けるだろうか。もし雨が降ったら、どのようにして食事をしたり、寝たらいいだろうかと、次々に不安なことが思いつくばかりでした。
 それで、不安を少しでも取り除くために、キャンプ予定地でリハーサルやテストを繰り返しました。まず、竹飯の炊き方から開始して、竹の太さ、水加減、火加減などを試してみました。麦わら小屋も試作してみて、1つの小屋を造る時間、必要な麦わらの量、子供たちの手でうまく作れるかなど、スタッフの子供を動員してチェックしました。
 予定地での宿泊リハーサルも実施し、夜間の気温、野犬や外注の有無なども調べました。その結果、夜間は予想以上に気温が下がること、また案外、蚊はいないということがわかりました。心配した野犬は出現しませんでしたが、用心して、キャンプ当日はスタッフが交代で火を燃やし続けて、見張りをする方がよいということになりました。
 また、このキャンプのもう1つの目的でもあるふるさとの再認識という観点から、郷土の歴史の現地勉強会をキャンプ中に取り入れることにしました。キャンプ地周辺には、四国最大の前方後円墳「富田茶臼山古墳」とか「みろく石穴」「三ッ石岩」「みろく池」など、大川町の素晴らしい文化遺産が点在しています。これらのなりたち、歴史などの勉強会を予定し、元教育長の十河安則先生に講師のお願いにあがり、幸い快くお引き受けくださいました。勉強会の資料づくりもスタッフの手で行いました。心配された人員募集の件は、最終的に25名の予定をしていましたが、26名の申し込みがありました。事前準備も着々と進み、あとは当日を迎えるだけになりました。スタッフは朝6時に集合、子供たちは8時集合ということでしたが、前夜は私もあれこれ考えるばかりで、なかなか寝つけませんでした。
 当日は朝から真夏日という天気で汗がしたたり落ち、蒸し暑い1日でした。しかし、夕立のスコールが天然のシャワーになって、すがすがしい気分になったことを今でも忘れません。子供たちも雨宿りもせず大はしゃぎでした。子供たち離れぬ手つきでナイフを使って食器づくり、小屋づくりと私たちの想像以上に真剣にまじめに取り組んでいました。
 グループないで助け合い、少しの水をお互いに分け合って飲み、思いやりの心を十分に発揮して徐々に「異年齢のタテ型社会」のこのキャンプに順応していきました。最近の「いじめ」という言葉はここでは全く無縁のものに思えました。自然の中での人間の知恵を生かした創意工夫や協力と励まし合いによっていきる、ごく自然なキャンプ。自然を愛し、自然に融合していきる、これが人間本来の姿ではないでしょうか。
 現代の学歴主義社会の現実を見るとき、また若い人たちの自殺を聞くとき、こんなキャンプを体験させてやれたら、そんな悲しい出来事も起こらなかったのではないかとつくづく思います。自然の中にとけ込んだとき、自然の力の偉大さを実感し、本来の人間性を取り戻せるのではないでしょうか。子供たちだけでなく、大人もこういう機会をできるかぎり持ちたいものです。文明の利器の生活に慣れすぎた私たち。子供たちの口から自然にでた「水がもったいない」という一言が印象深く残りました。
 今年も第2回目の「原人」キャンプが終わりました。今度は昨年の経験を生かし、改善を加えて自給自足用の種まきも子供たちにさせ、灌水もグループごとに当番制で実施し、育てる忍耐と収穫の喜びも体験してもらうことにしました。また新たに土器づくりも加えて食器として使用することにしました。2泊3日で定員40名で募集をしましたが、昨年の参加者が再応募してきましたので、97名の応募があり、抽選で選出するという盛況ぶりでした。
 このキャンプを体験した子供たちの中から、私たちのあとを引き継いでくれるものが何人くらい生まれるかわかりませんが、子供たちの青春の楽しい思い出の1ページとして、一生脳裏に焼き付いていることでしょう。
 人工的な遊園地の遊びで育っていく子供、家の中でファミコンに興じる子供。彼らが大人になったとき、果たしてどんな人間になるかと思うと本当に心配になります。やはり、子供は太陽と水と土にまみれて育って欲しいと願わざるを得ません。自然は私たちにいろいろなことを教えてくれます。自然を友として自然に学ぶ心を育てたいと思っています。
 第3回目の「原人キャンプ」の企画もそろそろスタートします。果たして、どんなものになるか今から楽しみにしています。私たちのスタッフもさらに仲間を増やし、原人キャンプを機転として学校、地域社会に根ざした「ふるさとづくり」行事を考えて、明るい青少年育成活動に取り組んでいきたいと思っております。