「ふるさとづくり'97」掲載
<市町村の部>ふるさとづくり賞 内閣官房長官賞

夢と笑いの人づくり−人形劇との出会いと歩み−
香川県 大内町
 子どもたちの歓声と笑い、輝くひとみは、ライトに照らされた小さなステージの人形の表情や動きに集中している。ここは、「大内人形劇場とらまる座」。


まちづくりの手掛かり

 大内町は、南に讃岐山脈、北に穏やかな瀬戸の海を擁し、田園拓ける県の東部に位置する町で人口約17,000人。地域社会における人口の減少、高齢化、少子化も他の地域と変わりはない。産業は、農業・漁業から2次・3次産業へ移行しつつあり、隣町と一体として形成する地場産業の手袋製造産業においては、その出荷は全国一である。
 来るべき21世紀へ向けての町づくりは、地域の低迷する産業経済や多くの問題を抱える社会情勢を認識し、町のあるべき姿を求め8年前に着手した。しかし、そのアクションプログラムの策定は必ずしも容易ではなかった。本町でも、アンケートやアイデア募集、ディスカッション等を重ね、広く意見を求めたが、残念ながら期待したほどのものはなかった。
 要するに、図書館や美術館、音楽ホールなどほとんどが近隣の町にあるから、わが町でも欲しい、つくるべきであるという発想の域を出ないものであった。
 自らの特性と条件をきめ細かく見直し、1つひとつを意味づけし、その中に見いだす価値観を生かして行くという独自の発想でストーリーを組み立てていき、その中で意識改革を図りつつ、人づくりをして行くということが必要であった。そのことは、自分や町職員の意識と手法をまず最初に変えなければならないということでもあった。


人形劇との出会い

 最近は、大人も子どもも忙しい生活をしている。大人は仕事以外にも、趣味や子どもの教育などに熱心であり、子どもは保育所、幼稚園、学校などのスケジュールとその後の塾や習い事に追われ、わずかの余暇は、テレビやファミコンを楽しむ。テレビでは刺激的でナンセンスなギャグやアクションが氾濫し、悪ふざけや嘲笑に近い内容のものも多い。親子の会話やふれあいは乏しくなる一方である。
 子どもの豊かな情操を育み、健やかな成長を願う親の気持ちは共通していても、現実は裏腹であるという、そのような中で、次の時代を担い、支える子どもたちの温かい心、豊かな人間性を培うための種々の企画と取り組みが始まった。
 その頃、わが町では、毎年9月に「レクリエーションと人形劇のカーニバル」というイベントが実施されていた。最初は青年団の人たちがレクリエーション活動で人形劇団の人たちと知り合い、交流するうちに年に1度集まってイベントをしようということで、全国からいろいろな人形劇人がボランティアで参加するようになっていた。
 四国の田舎の町の人たちにとって、人形劇は余りなじみのあるものではなかったが、最初は戸惑いながらも、回を重ねるうちに、その面白さや多様さ、奥の深さが少しづつ分かって来ると共に、何よりも、子どもたちの無邪気に喜ぶ笑顔や歓声にたまらない魅力を感じるようになりつつあった。


劇場づくりそのプロセス

 折しも、4大プロジェクトの1つである総合運動公園が、体育館、テニスコート、グランド等を備えたスポーツ公園として整備が進められていたが、その一角を利用して子どもたちの夢を育む文化施設を併せて整備していくこととしたのである。
 人形劇団や、ボランティアの人たちなど、いろいろな分野の人たちの意見を聞きながら、行きつ戻りつの試行錯誤を繰り返しつつ、1つの方向らしきものが固まってきた。
 それは、公立では、札幌市、飯田市、横浜市に次ぐ4番目で、西日本では初めての人形劇場を中心にして、建物自体が子どもたちの遊具であり、遊びの空間であるミニチュア児童館や時計台、噴水、砂遊び場、冒険の森、キャンプ場、図書館、ギャラリーなど、体験豊かな学習の場を配したものであった。そのゾーニングにあっての基本的な考え方としては、規模は小さくても独自性とストーリーがあり、ソフト面を重視した本格的なものにすること、徹底して子どもの夢づくりにこだわり、よりシンプルで楽しいもの、大人も子どもと楽しめるものにすることであり、それ自体を「ふれあいファンシープラザ」と名づけた。


大内人形劇場「とらまる座」オープン

 ふれあいファンシープラザの中にある核施設「大内人形劇場とらまる座」(鉄筋コンクリート1部木造、1部2階建て建築延面積997平方メートル、客席数245席、客席199平方メートル、その他ホワイエ、ロビー、楽屋、工作室、リハーサル室等)は、徹底して人形劇にこだわった専用劇場として仕様した。展示ロビーでは、全国の人形劇団から寄贈された多数の人形が飾られ出迎えてくれる。現在、人形劇の公演回数は年間100回を超え、その充実した内容から全国一と自負している。
 そして、劇団公演がない時に来館された人たちにも何とか楽しんでもらうため、220インチの大型ワイドスクリーンのハイビジョンと、独自のソフト14本、その他8本、計22本を兼ね備えてあり、全国で唯一の人形劇ハイビジョンシアターを誇っている。
 この劇場をつくる時には、何故人形劇場なのか、もう少し規模を大きくして、何にでも使える多目的文化ホールにすべきであるといった意見が議会等からも出されたが、多目的は無目的と同じことであり、わが町は当初のコンセプトにこだわり続けることで、人づくりと誇りを培うことにしたいと理解を求めてきた。
 こうして「大内人形劇場とらまる座」は、平成4年9月にオープン。小劇場ながら入館者数は延べ11万人を超え、すっかりおなじみの施設として親しまれている。しかし、地方の田舎の町が年間100回を超すプロの人形劇公演を続けて行くことは決して容易ではない。開館当初は、施設のPRに東奔西走。その範囲は、県内各町はもちろん隣県にまで及んだ。その成果があってか町外・県外から、しかも親子連れが大幅に増加した。ところが一方で、町民の人形劇に対する理解が容易に得られなかったのも事実である。


劇場から生まれた町民の「やる気」

 今年で12回を数える「リクリエーションと人形劇カーニバル」は、全国はもとより海外からの参加者も含め30団体余りの劇団がここ大内町に集まり、2日間にわたり人形劇や歌、大道芸などを披露し、子どもたちに笑いと夢を振りまいている。それだけに、この運営も大変である。幾度かの挫折もあったが、続けることの大切さを訴え頑張った。当初は、役場職員を中心に行っていたが、回を重ねるごとに人形劇やとらまる座を理解し、支援するボランティアが増えてきたのである。裏方として湯茶の接待や、劇団員の食事作りをかって出る人、町のイベントへの参加はもちろん「自分たちの手でまちづくりを」というボランティアグループまで現れた。今までは考えられないことである。
 さらに、見て楽しむだけでなく、自分たちも演じてみようと保育所や幼稚園の職員、小学生、お母さん方などでつくられた地元アマチュア人形劇団も次々と生まれ(現在9団体)、また、小学生を中心に合唱団も結成され、活発な活動を始めるなど幅広い取り組みに変わってきつつある。そして、中には町外から公演依頼の声もかかる劇団まで出てきた。
 ここにきて、やっとわが町にとって最も大切にしたい町民の「やる気」が芽生えてきたのである。来年は、香川県で開催される予定の第12回国民文化祭の人形劇の開催地となるなど、これからの取り組みもさらに多様で幅広いものになることを期待している。


いま……そして未来へ

 いつの日か、ここで人形劇や遊びに興じた子どもたちが大人になり、懐かしい記憶、体験として思い出すとともに、この町で生まれたことを誇りとし、自分の子どもたちと一緒に再び訪れることを夢見ている。
「大内人形劇場とらまる座」のホワイエ正面の壁画には、町内の子どもとその親たちの手形を焼き付けた陶版壁画が飾られている。そこには、「私の子どもたちへ」という歌詞が、鳥やトンボが飛びかう風景の絵とともに描かれている。
  生きている鳥たちが、生きて飛びまわる空を
  あなたに残しておいて やれるだろうか お父さんは
  目をとじてごらんなさい 山が見えるでしょう…
 さて、私たちは子どもたちに何を残してやることができるだろうか。
大内町の町づくりは始まったばかりである。