「ふるさとづくり'99」掲載
<集団の部>ふるさとづくり大賞 内閣総理大臣賞

都会の真ん中で、ふるさとづくり
京都府京都市 春日住民福祉協議会
 私たちの故郷、春日地域のまちづくり活動について紹介したいと思います。
 春日は、頼山陽が暮らした歴史豊かな地。師が詠まれたように、西に京都御所、東に鴨川と東山の峰々を臨む山紫水明の地です。
 春日学区の成り立ちは、明治2年(1869)の東京遷都を機に、住民パワーを結集してつくりあげた小学校を拠点とする地域コミュニティがもとになっています。そしてこの学区の中で、いまにつながるさまざまな自治活動が生まれて育まれてきました。
 住民は、いまもこうした歴史と伝統に強い愛着をもちつづけています。
 しかし、時代の大きなうねりの中で大都市の中心部は例にもれず、かつては活力のあった自治活動が、いつしか形骸化し人のぬくもりが伝わらないまちになりかねない、そんな危機が私たちの学区でも深まっていました。
 こうしたなかで、自治活動に福祉のエキスを注ぎこんで活性化させ、“ふるさと再生”の取り組みを本格的にスタートさせたのは、20年ほど前のことです。それは、ちょうど高齢化がみんなの実感となりはじめた時期でもありました。


『お隣りどうし』ではじまったまちづくり

 “お隣りどうしのふれあいを大切に”が春日のまちづくりのキャッチフレーズです。これを合い言葉に、ご近所、町内、学区とつながる人の輪をつくりながら数々の福祉活動をすすめてきました。
 いま風に言う『ノーマライゼーション』の考え方に通じるものなのでしょうが、当時の私たちがこんな高邁な理念を知るよしもなく、あくまで隣りどうしのお付き合いや自治活動のあり様を問いかけるところから生みだしてきたものです。
 「火の元が心配だから老人ホームへ入れてくれ」「年寄りだから自治会の役は遠慮していただこう」──こうした声が地域で聞かれるようになったとき、ある痛ましい事件が起きました。高齢者Nさん宅で自身の寝タバコが原因となって出火、Nさんは逃げ遅れ焼死されたのです(昭和54年)。
 Nさんに不注意はあったとしても、近隣、学区民が日頃からNさんと深くかかわり見守りの活動があったら、こんな大事にいたらずにすんだかもしれない、この事件から住民どうしのふれあいと各町・各団体による意識的な取り組みの大切さを学び取りました。
 いま春日のまちづくり活動は全国各地から注目をいただくようになりました。視察や講演のおりには、いつもNさんの事件と当時住民が真剣に話し合った経験についてふれ、春日の福祉活動の原点として紹介しています。


『福祉』をキーワードにまちづくり

 『福祉』は春日のまちづくりの土台となるテーマです。高齢化や少子化などが大きな社会問題となってきたいま、生活の中から福祉を切り離してのまちづくりはあり得ないと考えます。
 『福祉』という言葉がもつ奥深い意味をうまく表現することはできませんが、私なりに解せば、みんなが幸せに暮らせるように、そのための実践を行っていくことかなと思うのです。そうした際に、『福祉』は人の営みでつくられる地域生活のすべての場面で共通するテーマではないかと思うのです。
 最近、多方面で使われるようになった「ノーマライゼーション」「バリアフリー」「生涯学習」等々の言葉は、こうした私たちの思いを言い表してくれているように思います。
 前述したように、自治活動に福祉のエキスを注ぎこむというのは、こんな発想からきているのです。福祉のエキスが『血』となった地域活動は、福祉だけでなく健康・住居・防災・食事など地域生活に必要なことすべてにわたって広がってきました。


『互いの信頼』をもとにしたまちづくり

 もうひとつ、私たちの活動の中で大切にしているのが『相互信頼』ということです。
 夏目漱石の小説『三四郎』のなかに、「人間は自分が困らない程度に人に親切にしたいものだ」というくだりがあります。まさにわが意を得たりで、よく引用する言葉です。
 子どもから青年、高齢者、障害のある人──みんなが幸せに暮らしあえることを願い、自分なりの形で活動したいと思っているんだと互いに信頼しあうことが大事だと思うのです。


春日で取り組む福祉活動の事例

 それでは、春日のまちづくりの具体的事例について主なものにしぼって紹介します。
○大目標は『ケアドーム春日』
 『ケアドーム春日』は、福祉・健康・安全など生活のすべてにわたってハード・ソフトの両面からのケア(支え)が満ちている地域をつくりたいという発想から生まれたオリジナルの言葉です。
 堅固なケアドームをつくりあげるため、長い歳月をかけて追い求める地域活動の大目標になっています。
○活動の骨組み『ネットワーク』
 ネットワークは、春日の地域福祉活動をつくりあげている重要な骨組みになっています。
(1)日常のふれあいづくり、(2)行政・専門機関との連携、(3)ネットワークの核となるコーディネート機能、(4)住民諸団体でつくる網の目づくりなど、多岐多面にわたってネットワークを推し進めています。
○見て知り合う『福祉防災地図』
 先に紹介したNさんの事件をきっかけに作成した福祉防災地図は、私たちの活動に欠かせないものになっています。学区の地図に福祉・防災など、生活に関係する各種の情報を盛り込んでいます。また見守りや支援が必要な家庭を地図上で把握し、支援活動に生かしています。(昭和58年初版。2年ごとに更新)
○みんなをつなぐ広報紙『春日だより』
 春日では昭和48年から毎月1回欠かさず「春日だより」を発行してきました。地域の活動、福祉・生活問題、行政の動きなど、いろいろな情報を盛り込み情報を発信しています。これを読んで知ってもらうだけでも、活動に参加してもらっているという意味で“(家庭に)いながら福祉”と言って大切にしている活動です。
○予定がはっきり『年間活動カレンダー』
 同じ地域で活動しながら、自分の団体の活動しか予定がわからないという声がよく聞かれます。春日では、福祉に関係する全般の活動計画を作成し、全住民に配布しています。効率的に活動をすすめるうえで、また住民全体にひろく理解と参加を求めるうえでも、有効な情報媒体になっています。
○生活いきいき『シルバースクール』
 生涯学習が叫ばれる前から、春日では、「健康」「防災」「防犯」などをテーマに、それぞれ月1回、高齢者対象の教室を開催してきました。遠くでいくら良い講座がもたれても、知らない・参加できないというのが通例です。
 シルバースクールは身近な学区で、専門家の役立つ話が気軽に聞けるということで有意義な取り組みといえます。もしかしたら春日の高齢者は、京都で一番かしこいお年寄りになっているかもしれません。
○見守り・ふれあう『訪問活動』
 行政だけでは目がゆきとどかない、行政のサービス情報が伝わらない──それならば住民が定期訪問し、安否の確認と合わせて必要な情報を伝え、要望をお聞きするのがこの活動です。いわば福祉の出前活動であり、訪問記録をつけ、問題をキャッチしたら、即行政・専門機関に知らせ対応を求めるアンテナ活動にもなっています。
○安心・安全のための『防災活動』
 春日学区の防災活動はちょっとユニークです。消防団と自主防災会など行政とつながる防災組織をもっているだけでなく、高齢者で構成するシルバー防災隊を設置しています。
 これらの団体活動をとおし、先述の訪問活動や教室活動を実施するなど、日頃から防災理念の浸透に努めています。もちろん阪神淡路大震災の教訓を生かして、防災弱者の把握も欠かさず行っています。
○手づくりの『ミニデイサービス』と住民主導の『福祉サービス調整チーム』
 数年前から、地域住民の活動としては、かなり専門的な領域にふみこんだ活動に取り組むようになりました。
 その1つが『春日ミニケアサロン』です。閉校(平成7年3月)になった小学校の一部を借りて改装し「春日デイケアセンター」をオープンさせました。ここで毎月2回、虚弱であったり車イスでしか外出できない高齢者の集いを実施しています。
 もう一つが『福祉サービス調整チーム』です。実施が決まった公的介護保険でも、ケースマネージメントといって医療と福祉のネットワークづくりが強調されています。春日の調整チームは、行政まかせ・住民抜きのケースマネージメントでなく、住民主導でつくりだすネットワークです。すでにこれまで20例ほどの調整を行う実績をあげています。


さいごに

 テーマのふるさとづくりについて、福祉を切り口に春日の断片を紹介させていただきました。いま、ふるさとづくりは、時宜を得た大切なテーマであると思います。それぞれの地域の実情に応じながらも、共通してある核心は、『地』=生活基盤としてのふるさと、『血』=そこに暮らす人びとの誇りと共同を生むふるさと、というところにあるのではないでしょうか。
 レポートの締め括りにあたり、ふるさとづくりの大切なテーマとして、「全国のみなさん、福祉も、ひとつどうどすか」──こんな思いをこめて春日からの発信とさせていただきます。