「まち むら」100号掲載
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みんなが「住んでみたい町」にしようと活動を続ける
高知県高知市春野町・芳原まちづくり協議会
 高知市の南に位置する吾川郡春野町。ナス、キュウリ、トマトなどの施設園芸が盛んで、昔から土佐のデンマークと呼ばれている。清流・仁淀川から引いた農業用水が町内を幾筋にも流れ、豊かな農作物をもたらしている。
 農業で栄えてきた一面、取り巻く環境が変わるとともに同町も少しずつ変化が生じてきている。少子化などによる農家の後継者不足は荒廃地を増加させ、宅地造成や生活様式の変化などによって住民のつながりは希薄になりつつある。
 そんな中、同町芳原地区はとりわけ住民が一体となって町づくりに取り組んでいる。その中心となるのが芳原まちづくり協議会。地元住民が、「住んでみたいと思える町にしよう」と同協議会を立ち上げたのは平成15年8月。実はそれ以前から、町づくりへのベースはできつつあった。


町づくりのきっかけ「おもちゃ図書館」

 町づくりのきっかけとなったのは、芳原公民館の一室に構えられた「春野おもちゃ図書館」たった。平成14年4月にオープンした同館は毎週土曜日に開館しており、隣接の高知市などから親子連れが毎年約3000人訪れている。1回当たりの利用者は約60人で、7割以上が町外の親子だ。
「一般の人は市販のおもちゃしか知らないでしょ。ここに来ると手作りのおもちゃがたくさんありますから。それを聞きつけて高知市などから来ているようです」と話すのは同館運営の中心人物、三橋巌さん。養護学校の教員だった25年ほど前から「障害児でも楽しめる遊びを」とパズルやクイズなど手作りのおもちゃを作り出した。そのおもちゃを生かして作られたのが同館だった。
 同館を設立するにも、話がスムーズに進んだわけではない。まずは芳原公民館運営委員会を中心に「おもちゃ図書館をつくろう会」が平成13年秋に発足。同12月には三橋さんらの手作りおもちゃを展示する「発達を促す手づくり玩具・教具百選展」を開催した。地元住民は共催申請をもらうために、放送局や新聞社に奔走。多くの住民が関わった。町づくりの風が吹き始めた瞬間だった。
 現在、約800点のおもちゃが春野おもちゃ館の一角に並ぶ。このうち、木製のパズルや手のひらサイズのミニカーなど約300点は三橋さんの手作り。もちろん市販のおもちゃもあるが、子どもらが手を伸ばすのは三橋さんの方。例えば市販の釣り堀セットは魚の口の磁石に、さおの磁石を引っ付けて釣る。だが、三橋さんの方は口先の輪を引っ掛けて釣る仕組み。魚も市販の5センチほどに比べ、15−20センチほどと大きい。「引っ掛けるのが難しいけど、それが面白い。それに魚も大きいほど、本物みたいで楽しいですから」と三橋さん。今では学校の先生の紹介などで自閉症やダウン症の子どもも訪ねてきているという。


6項目の基本理念を掲げる

 おもちゃ図書館を契機に町づくりに乗り出した芳原地区が次に取り掛かったのが、芳原まちづくり協議会を土台とした地域活性化だ。同会は15年に発足してから、月2度の定例会を一度も休会させたことはない。そこでまず、次の6点の基本理念を掲げた。
1.郷土芳原の歴史と文化の理解により地域連携の強化を図る。
2.芳原農業の方向性を模索する。
3.社会資本の整備による充実した生活基盤を形成する。
4.環境整備に配慮し快適な生活圏を確立する。
5.少子高齢化への対応及び住民の安全化組織の策定を図る。
6.以上の策を検討し具体化推進の母体となる協議会は、自治会・公民館活動と連携を密にする。
 同協議会はこれらの理念に、芳原小学校跡や芳原城跡など20の文化財をまとめたマップを1万部作製。町内全世帯や公民館などに配布したほか、コミュニティ誌を発行して地域の行事やニュースを知らせている。また、同協議会では同地区出身の絵本作家、田島征彦、征三兄弟と幼少期を一緒に過ごしたメンバーもおり、彼らに呼び掛けて夏祭り用の絵馬約10点を寄贈してもらったほか、今年は板絵(縦90センチ、横1メートル)も贈ってもらった。同協議会はこれから所蔵する田島兄弟の作品を増やし、将来は「子ども美術館(田島兄弟記念館(仮称)」を設立したい考えだ。実際に昨年8月には田島兄弟は同協議会との会合で「僕らの美術館ができて、孫の世代が見てくれた時にどう感じてくれるか。どきどきしてうれしい。ゆっくりと時間をかけて出来上がれば」と喜びを語っている。
 また芳原地区の課題の一つは、高齢化だ。春野町の65歳以上の高齢者は約25%であるのに対し、同地区は約30%。「予想を超える速さで進んでいる」という危機感を持つ住民は多い。互いが助け合う社会を目指す同協議会は「地域安心の町 防犯」と書かれた看板を7か所に設置したり、警察官を招いて振り込め詐欺などの勉強会も実施した。自分の身は自分で守り、さらに地域で高齢者を犯罪から守ろうという考えだ。


高齢者の用事を請け負う会も生まれる

 さらに登場したのが、「一の会」である。ゴミ出し、スーパーでの買い物、手紙を郵便ポストに…。同協議会のメンバーらが、高齢者からささいな用事を100円で請け負うというものだ。同協議会の副議長、三谷敏行さんは「こういう活動で独居老人の顔をいろいろな人が知ることができる。まだ月1、2度ほどの利用しかないが、少しずつ増やしていきたい」と意気込みを語る。
 地元住民の結束力を高め、ほかの地域にアピールするため、これまでさまざまなイベントを企画。明治・大正時代や昭和初期などの芳原地区の写真を展示した「芳原ふれあい写真展」、住民それぞれのお宝を集めた「わたしのお宝 なにが出るやら展」などを開いた。出展数はいずれも150点を超え、春野町長や高知市長らも訪れ、地区外から注目を集めた。
「そっちは人材がいっぱいおる。だから町づくりもうまく機能している」。芳原地区の住民が最近よく耳にする言葉という。確かに学芸員、元教員、元銀行員など人材は豊かだ。しかし、5年前にはほとんど町づくりの活動は行なわれていなかった。それが“おもちゃ”が町づくりの契機となり、今では老若男女が楽しめる地域にしようという意識が高まってきている。それは月2度の定例会を休むことなく、続けている点も大きく影響しているに違いない。三橋さんは言う。「何かイベントをした時、どれほど来場者がおったかも気になるが、それ以上にどれほどの地元住民が参加したかというのが大事」。
 まだ「子ども美術館」などについては具体的なイメージはできていない。しかし、一人でも多くの住民が本気になって取り掛かったら、それはすぐにでも完成しそうな気さえする。どこまで地元住民を巻き込んで町づくりが行なわれるかがキーポイントだろう。
 春野町は昨年1月1日に高知市と合併し、「高知市春野町」となった。しかし、町づくりの体制が何一つとして変わることはない。なぜなら、芳原地区にはすでに町づくりの基盤ができているからだ。住民には、肩肘を張らず、一歩一歩魅力ある町にしてほしい。