「まち むら」101号掲載
ル ポ

ニーズを見極め、実践に結びつける「ニュータウン」の挑戦
兵庫県神戸市・井吹台自治会連合会/NPO法人「ニューいぶき」
 「住民力」。この言葉がこれほどしっくりくる街はない。神戸市の中心部三宮から車で西へ約20分ほどの郊外に広がる西神南ニュータウン。戸建てやマンションが建ち並び、約9700世帯、人口約27000人が暮らす神戸市有数のベッドタウンだ。1993年に入居が始まり、今年で15年目。あの未曾有の阪神淡路大震災をはじめ、テレホンクラブ進出問題など、街の成長とともに、次々と新しい課題に直面しきた。その難題を一つ一つ乗り越える原動力となったのが、井吹台自治会連合会の坂本津留代会長をはじめとするNPO法人「ニューいぶき」の活動だった。何も難しいことを強いるのではない。「自分たちの安全は自分たちで守る」。そのために、「この街にとって何が必要なのか。何から先に取り組むべきなのか」という、ごく当たり前のことに、目を背けず、継続していくことを住民一人ひとりに呼び掛け、実践していくことで成果を挙げてきた。


産声は震災。今では35事業を展開中

 街開きからわずか2年。阪神淡路大震災がこの街を襲った。比較的建物の被害は軽微で済んだが、震災後、街の空き地には数多くの仮設住宅が建ち並んだ。
 「隣の人の顔も分からない」という希薄な人間関係の街に、震災で自宅を失った市内各地域の被災者が集まり、ともに暮らしはじめのだ。坂本さんらは、手探りながら、仲間10人で「ニューいぶき」の前身、「ボランティアいぶき」を立ち上げ、仮設住宅の訪問活動を始めた。さらに、仮設住宅の解消と同時に、1400戸の災害復興住宅が建つことになり、他地域から移り住む高齢者や障害者なども増えていった。
「私たちが力を合わせ、しっかり立ち上がらないと、街全体が駄目になってしまう。危機感ではなく、ある意味『自覚』が芽生えたと言うのでしょうか」。坂本さんは、当時の状況をこう振り返る。
 そうして生まれたのが「井吹台・地域見守り活動連絡会(見守り会議)」。復興住宅の住人も、民生委員、保健師、区役所も、そして、「ボランティアいぶき」も、関係する人すべてが参加し、復興住宅の支援の在り方を一緒に考えるようになった。その後、この見守り会議は、全市に広がっていった。
 この取り組みを契機に、坂本さんらは次々と活動を展開。独居高齢者の開放喫茶▽デイサービス▽給食の宅配▽発達障害児の居場所づくり▽青少年育成協議会の支部創設▽子育てコミュニティづくりなど、今では計35の事業を手掛けるまでになった。
「どれ一つ潰れず今も続いている」と胸を張る坂本さん。成功の秘訣をたずねるとこんな答えが返ってきた。
「支援する側とされる側、支援する者同士、また関係団体同士が、上下の関係をつくってはいけない。お互いが、心から必要と思える関係づくりができてこそ長続きする」と目を開き、「大切なのは、この街で暮らす人間が、今何を必要としているのか? ニーズをきちんと見極めること」と付け加えた。


10日間で31000人の署名集め、テレクラ撃退

 住民同士の絆を一層強固にしたのが、2001年に勃発したドライブスルー型のテレクラ進出問題だった。
 震災後、中央区など繁華街で激増した店舗型テレクラを規制するため、兵庫県は県青少年愛護条例を改正。学校や病院など公共施設から500メートル以内の出店を禁止し、2000年1月から2年以内に廃止か移転を迫った。そこで業者が目を付けたのが西区。公共施設が少なく、禁止枠外の土地が多かったため、業者は猶予期間の切れる2001年末に向け、“駆け込み移転”を計画したのだ。
「相手は暴力団につながるような人たち。内心怖くて仕方なかった」と漏らす坂本さん。しかし、「子どもたちを守るため」と、何度も気合いを入れ直し、勇気をふるって署名活動や反対ビラを配って歩いた。
 この動きに呼応し、立ち上がったのが幼稚園や小学生の子どもを持つ母親たち。ふだんは子育てに精一杯で、住民運動に興味すら示さなかったが、子を思うゆえの母親の結束力は強く、テレクラ反対の署名活動を精力的に展開した。同区の青少年問題協議会も加わり、テレクラを「利用しない」「利用させない」「進出を許さない」の「3ない運動」をスローガンに、10日間で31000人もの署名が集まった。こうした「住民力」は行政を動かし、禁止枠を公共施設の1500メートル以内に拡大する条例改正につながった。また、兵庫県警の摘発や神戸市の監視強化の動きもあり、見事、テレクラを撃退した。


防災・防犯組織「いぶきジュニアチーム」結成

「おはようございます」。6月のある土曜日。市営地下鉄「四神南駅」近くの広場に、自転車で集まってくる小中学生の元気な声がこだました。神戸四警察署のお巡りさんを招いての「自転車安全講習会」。地域の中の危険を知り、子どもたちが自らを守る術を身に付けてほしいと、防犯や交通安全教室などを年に数回、実施している。
 この街の活動を支えるもう一つの大きな担い手が、この小中学生からなる防災・防犯組織「いぶきジュニアチーム」だ。2002年9月にまず中学生でスタートし、2006年9月からは小学生も加わった。毎年4月にメンバーを募集し、3学期には卒団する。今年も小中学生合わせ約90人の大所帯だ。まちの危険箇所を点検しながらの合同パトロールや防災訓練、また、駅前での清掃や募金活動も行なっている。
「ごみやタバコをポイ捨てしている」「バイクや自転車を駅前の路上に止めている」「赤信号なのに渡っている」「挨拶をしてくれない」―。これらはすべて、子どもたちがパトロール中に気付いた大人の行動だ。
 坂本さんは「子どもたちを正しく導こうと始めたジュニアチームだったが、逆に大人が変わらないといけないことに気付かされた」と苦笑いしながらも「心と体で学んだり、感じたりする体験を積み重ねることで、まちの一員としての自覚が芽生える。『自分たちの住む街をよくしていきたい』との思いを一人でも多くの子どもたちに持ってもらい、次の世代を担う大人に成長してほしい。子どもたちが安全に安心して暮らせる街をつくることこそ、街づくりの究極の目的です」と力を込めた。


内閣総理大臣賞を受賞

 こうした日々の取り組みは、大きく評価され、同自治会連合会は、昨年10月に「安全・安心なまちづくり関係功労者」として内閣総理大臣賞を受賞した。「自分たちで出来ることは自分たちで責任を持ってやる」との姿勢。そして、「毎年、掲げた目標は必ずやり抜く」という意志の強さ。この二つの軸がぶれないからこそ、活動が続いていくんだと、取材を通じて感じることができた。