「まち むら」102号掲載
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県境を越えてつながろう
宮崎県・鹿児島県 拾円玉生活圏フォーラム0986会
「県境を越えてまちおこしをやろう」。―そんなユニークな取り組みをしているのが「拾円玉生活圏フォーラム0986(まるくやろう)会」(1992年5月設立)だ。
 宮崎県の西部に位置する都城市・北諸県郡と、県境をはさんで隣接する鹿児島県曽於市の2市1町は、江戸時代は同じ薩摩藩だった。明治維新後も一時、同じ「都城県」だった時期もあった。
 一帯は平地で結ばれ、都城市を中心に密接な生活、文化、経済圏を形成している。しかし「県境」の壁ができてからは、何かと不都合なことも多くなった。そこでこれを住民レベルで解消し、人と人との交流の輪を広げ、地域の活性化につなげようというのが0986会の狙いだ。
 都城市に住んでいた初代会長の小寺暢(とおる)さん(故人)は、当時県境を越えた市外局番が数箇所しかなかったことに目を付け、市外局番の「0986」からネーミングを取り、鹿児島県の一部を含むこの圏内地域が自由に交流することを目指した。行政単位の垣根に捉われない広域圏の視点の重要性を訴え、そこからの地域情報化やまちづくりを考えていった。
「現代は、住まいやご主人の会社、奥さんの職場がいくつかの市町村にまたがり広域的な生活をする時代です。ところが地域おこしとなると、みんな『おらが町』のことだけ考え、隣町がいい思いをするとそれを妬み、その発展を阻害しようとする。それぞれのまちが一流のものを創り、それを地域全体で活用する広域的な視点を持てば、私たちの地域はもっとよくなっていくはず」と、小寺さんは語っていた。


16年続く「ふるさと探検団」

 これまで0986会では、2市1町のつながりを目指した情報誌の発行や、地元の環境問題や農業について考える「水と土と花活動」、人と自然と地域とのふれあいをテーマに資源再認識の提言を行なう「地域ふれあい活動」、未婚の男女に出会いの場を提供する「出愛い活動」を展開してきた。
 中でも、平成4年から一貫して取り組んできているのが「ふるさと探検団」。2市1町から広域的に小学5、6年生を募集し、自分たちのふるさとを理解させ、将来も生まれ育ったふるさとを自慢する子どもたちを育成しようという事業だ。
 今年で第16回を数えるふるさと探検団は、8月8日から10日までの2泊3日、曽於市財部町の大川原峡キャンプ場で行なわれ、男子18名、女子23名、計41名の小学生たちが参加した。
 今回の合宿のテーマは「竹」。1日目は竹細工教室と竹炭作成作業を行ない、竹炭作成作業は2日目の午前中にも取り組んだ。
 ドラム缶で炭焼き窯を作り、粘土で密閉し、焚口から火を入れ竹を蒸し焼きにする。窯の内部に熟を送り込むことで竹は炭になり、煙突からは水分を多く含んだ剌激臭のある白煙が出る。そこから竹酢液が採取される。
 竹酢液は薄めて使うと、肌荒れやかゆみ、花粉症予防、うがい、虫刺され、切り傷、水虫などに効果があるという。竹炭は、室内の空気を清浄にし、水道水のカルキ臭を取る。ずっと伝承されてきた古代からの知恵を、子どもたちは現代の「竹細工・竹炭の名人」から学んだ。
 2日目の午後からは川遊びとカヌー体験、3日目の午前中は、キャンプ場に隣接する悠久の森を「山歩き名人」と共に散策した。
 子どもたちの表情がいきいき輝くのは、やはり食事の時間。地元の婦人部の女性たちがかけつけ、食事の準備をしてくれた。
 子どもたちは、竹細工教室で作った「食器」を持ち、順番に並ぶ。模様や名前を彫り込んだ自分だけのオリジナル食器に、炊き込みご飯やおにぎり、スープなどを入れてもらっていた。「竹の臭いがして、珍しくて楽しい」と、子どもたちはうれしそうに食べていた。


地域の人材を最大限活用

「小寺さんは、『あそこにいけば面白い人がいる』『あそこには何々名人がいる』と、人脈をどう組み合わせるかのアイデアをたくさん持っている人でした。発想や着眼点が普通の人とはぜんぜん違うし、スケールも違いました」と語るのは、現会長の熊谷道博さん。
 熊谷さんも、前会長・小寺さんのやり方を見事に踏襲している。「カヌーの指導は地元の人にお願いし、竹細工や竹炭も地元の名人に指導を仰ぎました。異年齢の大人たちのすばらしい経験・技術などを通して、今の若い子どもたちにその体験談を聞かせたいんです」と、地域の子どもたちに熱い情熱を傾ける。
 初回からずっと、ふるさと探検団の子どもたちの指導に当たっているのが現役小学校教諭の古賀正洋先生。
 2市1町の各地域から集まってくるため、子どもたちはほとんど初対面。中には、自分から人と積極的に関わるのが苦手な子も参加してくる。そこで古賀先生は、同じ地域から来た親しい子どもたちを別々に分け、まったく知らない子ども同士を同じ班にしていく。
 テレビもゲームもなく、自然や友だち以外に向き合うものがない「逃げ場のない環境」。その中で子どもたちは徐々に交流を深めていく。もちろんその関係をうまく結ばせ、まとめていくコーディネーターの存在も欠かせない。
 2日目の夜に行なう寸劇も、子どもたちの交流のためのツールの一つだ。画用紙など簡単な道具と体だけを使って表現する8分間の劇の、セリフなど内容は全部自分たちで決める。意見を出し合い、練習していくのも全て子どもたち。
「一緒に難しい問題に取り組み、その課題を超えていこうとするとき、子どもたちの眠っていた潜在的な力が発揮されるんです」と古賀先生。
「『うちの子は人と交わるのが不得意』と親御さんが心配していらっしゃった子も、そのうちみんな友だちになっていきます。実はその子に合った友だちをつくる機会がなかっただけなんですよね」
 合宿が終わりに近づいた頃、子どもたちにハガキが5枚ずつ手渡される。表に自分の住所と名前を書き、合宿期間中にできた新しい友だちに渡す。こうした手紙の交流が合宿後も続いていく。


地域の「名人」と子どもたちのコラボ

 古賀先生は、「この合宿を支える活動をしてくださる0986会の大人のスタッフそれぞれに魅力があり、楽しんで活動を続けていらっしゃる。この人たちとの出会いがあったからこそ、私もここまで活動を続けられたんです」と話していた。
 時代の移り変わりの中で置き去りにされてきた、地元の知恵や「名人」たち。そういう古代からずっと積み上げられてきた大切な知恵や貴重な「名人」たちの魅力、そしてこれから将来の地域を担っていく子どもたちとのコラボを、自分たちの地元を熟知し、それを愛する大人たちが見事に実現していく。やがて子どもたちの中に眠っている可能性が開花し、個々のそれがつながっていけば、さらに大きな地域全体の魅力として輝いていくことだろう。
 これまで国際化についてはよく叫ばれ、耳にしてきた。しかし、もっと足元にある「県際化」や「町際化」「村際化」の重要性にはあまり意識を払ってこなかった。その「境」を超えて「つながり」を持たせていくことこそ、これからの地域づくり・まちおこしに必要なことだと思った。