「まち むら」125号掲載
ル ポ

高齢者の生きがいづくりの工房兼販売所
三重県紀北町 手づくり工房・ワーイワイ
空き店舗を工房兼販売所に

 三重県北牟婁郡紀北町は、紀伊半島の東南部、伊勢と熊野の中間に位置する人口約1万9000人の町だ。65歳以上の人口構成割合が約36%と高齢化が進んでおり、その割合は今後も加速度的に増えていくことが予想されている。「手づくり工房・ワーイワイ」は、高齢者が気軽に集えるコミュニティの創設と、また手作りの小物などの制作・販売を通して高齢者の生きがい創発と、社会活動に積極的に参画するための拠点づくりを目的として平成18年に発足された。活動を始めるようになった経緯を、代表の井谷三枝子さんはこう語る。
「私は16年間を介護ヘルパーとして病院や認知対応型事業所で働き、高齢者の方々や核家族の寂しい環境にある方々、そして社会的弱者と言われる方々と接してきました。そのような方々と接している時、私はこの人たちが集まって楽しく交流できる場所が町の中にないことがとても気がかりでした。また、その16年間で約25%もの人口が減った私たちの町は徐々に、しかし確実に賑わいが減っていることも感じていました。自分が生まれ育った町に活気を取り戻すために、そして私が仕事を通して出逢った方々が楽しく交流できる場所を作るために私ができることはないのかと、いつも考えていました。
 幸いにも、私は手芸で物を作ることが大好きで、趣味のつもりで始めた小物作りは、いつしか町内外の施設で個展を開けるまでになっていました。そこで、私が感じる『作る喜び、楽しさ』を高齢者や社会的弱者の方々に教え、みんなでひとつの場所で物づくりをし、制作物を販売することでそういう方々の『生きがい』にならないかと考え、2006年に町内の空き店舗を借り、誰でも立ち寄れる工房兼販売所を立ち上げました。名前は、いつも活気に溢れてみんなが賑やかにワイワイできる場所ということで『手づくり工房・ワーイワイ』にしました。」

オリジナル商品カツオの抱きまくらを開発

 手作り工房・ワーイワイでは、主に古紙や古布を使ったオリジナル商品の制作・販売を行なっている。井谷さんによると、「商品の中では、(紀北町)紀伊長島区で専用漁船を多く持ち、町民にとても親しまれている魚『カツオ』をかたどった全長1メートルのカツオの抱きまくらが大好評の品です。三重県の伝統産業である松阪木綿の鮮やかな蒼と、中に詰められた尾鷲ヒノキの香りが人気です。私たちはこういった商品を話し合いの中から考え、作り出していきます」
 また、商品を制作・販売するだけでなく、地域のイベントにも積極的に参加している。
「町内の各種のイベントやお祭りなどに運営スタッフとして参加することは、メンバーにとっての楽しみでもあります。普段なかなか交流しないような年代の人とおしゃべりをしたり、イベントを共に進めたりしていくことで、メンバーは自信を持ち、積極的に社会参加するようになっています」
 このような活動が、メンバー一人ひとりの生きがいになり、より豊かな人生を歩むきっかけになればいいと井谷さんは語る。中高年の方たちがものづくりを通して、作る喜びや楽しさで生きがいを見いだし、それが健康の源となり、そして、人と人との出会いや交流で、社会への参加と貢献への意欲を高め、いつまでも若く認知症を寄せつけないことが目標だ。

災害・介護用ハンモック「かけモック」を製品化

 2011年3月におこった東日本大震災は、南海トラフ地震の発生が高確率で予想されている地域で活動している同団体にとって大きな転機になった。井谷さんは、震災以降7回岩手県山田町へ足を運びボランティア活動を行なった。その活動を通して被災者の話を聞くうちに、自身が住む地域の防災活動に、団体として何か役立つことはないかと考えるようになったという。
「多くの住民が海沿いに住んでいるこの地域でもし大地震がおこったら、お年寄りは高いところへ避難するまでに津波に飲み込まれてしまうでしょう。私たちが手づくり工房・ワーイワイの商品制作で培ってきた技術と知恵を使って、そんな方々を少しでも救えるものを作れないかと考えて制作したものが、狭い道でも二人で怪我人や高齢者を搬送できる携帯用ハンモックの『かけモック』と、持ち手部分が取り外しできる携帯用担架『かけ担架』です。」
 かけモックは、足抜き用の穴があいた袋状の布に、大きな持ち手がついた災害・介護用ハンモックで、二人で一人を移動させることができる。移動の際、持ち手の2名が前後で運べることで、狭い路地などでもより安全に移動ができることや、座った状態で移動させるので、被搬送者が前を見えて安心できることなど、さまざまな知恵と工夫がつまった製品となっている。
「とにかく運んでいる人も運ばれている人も少しでも安心に、安全に移動できるように工夫をこらしました。布の素材も何度変えたかわかりません。そのようなあきらめない気持ちをもって製品の改良を重ねたことがよかったのか、おかげさまで特許及び商標を取得することができました」と井谷さん。
 この製品は話題を呼び、県内外から取材が殺到。2013年8月には全国区のビジネス情報番組でも取り上げられた。現在は製品の改良もほぼ完了し、本格的な生産体制も整いつつある。今まで町内外から受けた注文をさばくことで精一杯だったが、今後はかけモックが一気に全国へ広がる可能性もある。

今後の展望

 高齢者が集い、コミュニティづくりやオリジナルの防災グッズの制作など、地域のために、人のために、全力で動く手づくり工房・ワーイワイのメンバー。最後に代表の井谷さんに今後の展望を語ってもらった。
「2006年の発足から数年が経ちましたが、ワーイワイのパワーと熱意は確実に町に広がっていると信じています。時にはケンカもしますが、いつも笑いが絶えない工房には、町内外からのお客様が絶えずお越しになり、お茶を飲んでおしゃべりをして帰って行かれます。この工房のメンバー一人ひとりからは年齢を感じさせない力強さを感じ、私自身とても心強く思っています。これからも多くの人にとって温かく力強い『母ちゃん』のような場所づくりをしたい。今はそのような想いで、毎日楽しく一生懸命に過ごしています。そして、東日本大震災のボランティア活動を通して学んだ命の大切さをいつまでも心に刻み、これからも人の役に立つ活動を続けたいです。
 私たちの想いはただひとつ、『あなたの大切な人を守りたい!』です」