「まち むら」127号掲載 |
ル ポ |
“対話する地域医療”を育てる活動を展開 |
千葉県東金市 特定非営利活動法人地域医療を育てる会 |
千葉県東金市を中心とする山武地域では、「特定非営利活動(NPO)法人地域医療を育てる会」が、地域医療に対する住民の意識を高める活動を進めている。住民の目線で医療現場の状況を伝え、医療機関や行政にだけ任せるのではなく、地域医療を守るためにできることを住民自らも考えていくのがねらいだ。住民と行政、医療や福祉の関係者などが同じ土俵で知恵と力を出し合う関係を築いていくため、様々な事業を展開している。 医療のシンポジウムをきっかけに発足 「地域医療を育てる会」が発足したのは2005年4月で、11月にNPO法人の認証を取得した。発足のきっかけは、その年の1月に行われた「山武地域医療センター構想シンポジウム」だった。当時千葉県は、老朽化が進む地元の県立東金病院の機能を引き継いで急性期医療を担う新たな医療センターの整備構想を進めていた。シンポジウムは同構想を地域住民に周知するために開催されたものだ。 「そのシンポジウムで初めて、地域から医師が減っていることを知りました。同時に、苦情や要望を言う住民に対し、理解と協力を求めるだけの行政や医療関係者の対応が気になりました」と育てる会理事長の藤本晴枝さんは振り返る。 1996年に東京から東金に越してきて、住民代表のパネラーとして参加していた藤本さんは、シンポジウムで地域の医療危機を認識するとともに、医師不足に打つ手を見出せない行政の限界と相変わらず行政に依存しようとする住民の態度に危機感を募らせたという。 「シンポジウムを機に、自分にできることは何かを考えるようになりました。住民が何もしようとしないのは、医療現場が抱えている困難な状況を知らないからではないのか。まずは情報発信をしようと思い立ち、会を立ち上げました」 情報紙と絵本で住民に情報を発信 育てる会は、年会費5000円の会員制で、現在、地域住民や医療関係者、行政職員など30名が参加。“対話をする地域医療”を育てるために、「情報の発信」と「対話の場づくり」を二本柱に活発な事業展開を図っている。 手始めに行ったのは情報発信で、情報紙「CLOVER(クローバー)」(A4判2ページ)を2005年6月に発行した。「救急車が来ない?!」をテーマに、圏域の救急医療の現状と問題点をレポートしている。以後、1か月〜2か月に1号のペースで2万部発行し、東金市内全戸に無料配布している。 「会員自ら情報収集や取材を行い、地域医療が抱える問題や医療現場の実情を地域に伝えています。これまで、医師不足や地元の医療機関の実態、生活習慣病、健康づくりなど様々なテーマを取り上げており、特に救急医療は切り口を変えて何度も特集しています」と藤本さん。 また、地域医療を疲弊させるコンビニ受診を控える必要性を訴えた絵本『くませんせいのSOS』と、命の終わりと感謝をテーマにした絵本『ルウとポノポノ』を発刊し、育てる会のホームページで購入できるようにしている。 研修医と住民との対話の場づくり 対話の場づくりでは、地域医療を多面的に学ぶ連続講座を行ったのをはじめ、2007年4月から県立東金病院と共催して「レジデント研修」を開始した。地域住民との交流により、東金病院で研修中の後期研修医(レジデント)のコミュニケーションスキルを高めようというのがねらいだ。毎月1回、レジデント1名、指導医1名、育てる会会員や市民ボランティアの医師育成サポーター5〜6名が集まって、レジデントによる病気の講話と質疑応答、自由討議を行い、研修ごとにサポーターがレジデントを評価した。研修を受けたレジデントの接遇、説明力、対応力のスキルは確実に高まっていったという。レジデント研修は2011年1月まで計44回実施して終了した。 同年7月からは、山武市に開設されている地方独立行政法人さんむ医療センターから依頼され、「若手医師を囲む会」を行っている。同センターで地域医療の研修を受けている初期研修医と育てる会会員や医師育成サポーターが自由に意見を交換して医療に対する住民の思いなどを知ってもらい、その後の臨床現場で生かしてもらうのがねらい。今年7月までに11回行い、今後も実施していく予定だ。 新たな試みとしては、「読書会」を行っている。医療財政が厳しさを増す中、生活習慣病の予防や健康づくりに力を入れる地域が増えている。だが一方で、健康への無関心層が少なくないのも現状だ。 「どうすれば関心を持ってもらえるのかが、読書会の企画の出発点。そこで注目したのがコミュニティの力です。先進的な健康づくりなどの地域事例を紹介した本から学び、私たちの地域で応用するにはどうしたらいいのかを話し合うことにしました」と藤本さんは話す。 2011年12月から2012年12月まで、『コミュニティのちから』(今村晴彦・園田紫乃・金子郁容共著)をテキストに毎月開催した。今年4月からは『コミュニティヘルスのある社会へ』(秋山美紀著)をテキストに進めている。 「会員だけでなく、広く参加を呼びかけています。様々な人に入ってもらい、ネットワークが広がっていけばと思っています」と藤本さんは期待を寄せる。 プラットフォームをめざす これらの活動によって、医療に対する地域住民の意識は高まり、医療現場を疲弊させるような安易な受診行動は徐々に改まっていったという。 「活動を始めた頃は、救急搬送件数が最も多い時期でした。そのため、救急医療現場の実情を取材し、情報紙で救急車の適正利用を訴えたわけですが、その後、救急車の出動件数は減り、特に軽症患者が救急車を利用する割合が減っていきました」と藤本さんは手応えを話す。 だが、2010年以降、出動台数と軽症患者の割合は再び増加に転じている。 「要因としては夏場の熱中症の増加が挙げられていますが、地域医療への意識を高めるための継続的な情報発信の必要性を感じています」と藤本さん。 今年3月に県立東金病院が閉院する一方、4月には東金市内に地方独立行政法人運営の東千葉メディカルセンター(MC)が新設された。地域住民の医療面での安心感は高まったが、安易に依存し過ぎると医療への甘えにつながりかねない。そこでこの8月に発行した「クローバー67号」では、東千葉MCが開院して地域の救急医療がどう変わったかをレポートした。その中で藤本さんは、「東千葉MCができて、以前よりも救急医療の状況はよくなりましたが、それでもまだまだベッドも医療スタッフも足りません。私たちが『これで安心』とばかりに勝手な受診をしていたら、救急医療はあっという間に崩壊してしまいます」と警鐘を鳴らし、「引き続き、救急医療のマナーを守りましょう」と呼びかけている。 また、高齢社会の急速な進展に伴い、限られた地域医療資源の有効な活用や医療・保健・福祉の連携が大きな地域課題となっている。 「その中で自分たちに何ができるかを考えるには、できるだけ多くの人たちとつながり、ネットワークをつくって知恵や力を出し合うことが必要だと思います。それを模索している最中です。めざしているのは、プラットフォーム。いろいろな人が集まる場づくりが、最大のミッションだと考えています」と藤本さんは活動の抱負を語る。地域医療を守り、育てる地道な活動が続けられている。 |