「まち むら」133号掲載
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白神山地の麓で喜びを分かち合う「まち」目指す
秋田県藤里町 NPO法人ふじさと元気塾
 NPO法人ふじさと元気塾(以下、元気塾)は、世界自然遺産「白神山地」の麓の町・秋田県山本郡藤里町に、平成22年10月1日産声を上げた。5周年を迎え、理事長を務める藤原弘章さんは「少しずつだが、元気塾の認知度が高まってきている。一人でも多くの町民と手を携えていけるようになれれば、この町が住みよい町になるのでは」と手応えを語る。

白神の麓の厳しい現実

 藤里町は、青森県との県境に位置し、秋田県側で唯一、町域内に白神山地の世界遺産登録地域がある。ブナの森を中心とした多様な森林生態系はもとより、何十年と人の手をかけて育てられる秋田杉の美林、里山の山菜、キノコ、清流にはアユが泳ぐ。自然の恵みには事欠かない豊かさにあふれ、それを暮らしに生かす人の知恵が息づいている。
 一方、厳しい現実も抱える。高齢化率は県内25市町村中2番目に高い44.9%(27年7月1日現在)。国道も鉄道もコンビニエンスストアもない。少子化や若者の流出で人口減は止まらず、27年国勢調査人口速報によると、人口は3360人で5年前と比べ12.7%減少した。特別豪雪地帯に指定され、かつて黄金の稲穂が頭を垂れた水田が耕作放棄地と化した所も少なくない。

ふるさとに「元気」を

 元気塾が、この5年間で取り組んだ活動は自然環境の保全、婚活支援、都市部との交流、農業、音楽コンサート、防災と多種多彩。一見とりとめないようだが、一貫する思いがある。それは、元気塾の名が示す通り「生まれ故郷の藤里の人たちを元気にしたい」という思いであり、地域の衰退に対する危機感だ。
 藤原さんは大学卒業後、英語教諭として神奈川県藤沢市内の中学校で教壇に立っていたが、父親の介護のため早期退職し、20年にUターン。28年ぶりに暮らす藤里の自然はまばゆく、しかし活気は減退していた。秋田白神ガイド養成講習を通じて知り合った元会社員の小森久博さんと意気投合、元町職員の成田陽悦さんを“同志”に引っ張り込んで初代理事長に据え、元気塾はスタートした。教員時代、藤原さんはエクアドルのキト日本人学校で3年間教えた。この経験が、多様なものの考え方ができるようになった原点といい、現在の活動の底流にある。
 棚田やホタルがすむ環境を守ろうと、伸び放題の草を刈り、ホタルマップを作成。若者に出会いの場を提供したいとイベントを企画した。ブナを使った木工品を製作・販売し「白神の麓の町」を発信する。藤原さんの教員時代の人脈を生かし藤沢市の鵠沼海岸商店街振興組合と交流、組合の夏祭りに出店し特産品を売り込んだり、藤沢から白神山地を訪れるツアーを企画、災害時の相互支援協定も締結した。特産化を目指して栽培し始めたニンニクは“鵠沼デビュー”を飾り、加工にも手を出し、黒ニンニクは早々に売り切れる人気商品に。国内外で活動する口笛奏者を招いたコンサートは、里山の暮らしの中に音楽を楽しむ「文化」を育てる道のりの第一歩だ。

「共生社会」の一翼を

 元気塾にとって、27年度は振り返れば転機といえる1年になるかもしれない。秋田県から秋田型地域支援システムモデル事業を受託、住民が暮らしやすい「共に生きる社会」づくりの担い手に挑戦している。
 このモデル事業は、人口減少や少子高齢化が進む中、高齢者らが地域で安心して生活できるようにするため、地域の実情に応じた支え合いで生活課題に対応する態勢を構築する狙いで、県は28年度以降、全県域へ波及させようとしている。委託料は元気塾史上最高の980万3千円。若者2人を職員として雇用し、昨年5月には町中心部の空き店舗を活用し事務所を開所した。
 事務所は「座る」という意味の方言の「ねまる」と、拠点を意味する「ベース」をくっつけ、「ねまるベース」と名付けた。町地域公共交通活性化協議会が実証運行中のデマンド交通「駒わりくん」の利用案内や相談の窓口でもあり、無料の休憩所にもなる。少しずつだが、買い物帰りやバス待ちの高齢者らが立ち寄り、「お茶っこ」を飲みながら「ねまる」スペースとして認知され、月平均150人が利用する。何気ないおしゃべりの中から地域課題を拾い、行政につなぐのも役割の一つ。藤里では初となる除排雪をメーンとした共助組織の立ち上げもサポートした。さらに、事務所向かいのスーパーと提携し、有償の買い物代行宅配サービスも開始。「共生社会」実現へ、「官」ではなく「民」だからこそできる貢献のありようを模索する。

理想を目指して

 抱える課題も少なくない。設立時に11人だった会員は、現在16人。なかなか増えないのが実情だ。特に女性会員は2人と少ない。「女性の力を生かすことができていないことが弱点」と自覚する。会員だけで事業をこなし、「(町民と)一緒にやろう」という発想に乏しかったことも反省点の一つだ。
 安定した財政基盤の構築も大きな課題。会費収入は限られ、官民の助成金や委託料を主要な財源としてきただけに、一つの事業の「終了」が懐具合に直結する。藤原さんは理事長として若い職員2人の雇用と「ねまるベース」を来年度も継続できるよう奔走、ようやくめどが立った。
 理想は「多くの人がわずかずつでも関わり、わずかな喜びでも共有できること」という。人と人をつなぐ役割をニンニクに託す。じいちゃん、ばあちゃんでもできる範囲でニンニクを栽培し、元気塾が販路を切り開いていく。一人ひとりが得る対価は少額かもしれないけれど、喜びを分かち合えれば、元気がある人に、町になれる。「元気がない」という最大の地域課題を解決していく力のある、町民に必要とされる元気塾へ。一歩ずつ歩みを進める。