「まち むら」75号掲載
ル ポ

遊び下手な子どもたちに遊び方を教える
福岡県福岡市 田島公民館「わくわくランド」
 福岡市城南区田島。九州最大の都市・福岡の典型的な郊外住宅地として発展、約1万千人の住民が暮らす。ここにある田島公民館を拠点にした「子どもが主役」の地域活動・わくわくランドを紹介、その定着ぶりと地城コミュニティに果たす役割を報告する。


主人公は子どもたち

「みんな、きっと驚くぞ」。
 田島小学校4年、渡辺公朗君は完成したおばけのお面の出来映えに満足げな表情をみせた。8月19日、公民館で開かれた「わくわくランド」の夏休み特別イベント「おばけやしき」。前日、子どもたち10人が公民館に集まり、会場の設営やおばけ役の子どもの演技方法について意見を交わし、知恵を絞ってイベントを切り回した。当
日、公民館には大勢の子どもたちが集まり、歓声が飛び交った。渡辺君がつくったおばけの面も大活躍、これを見て驚く子もいたほどだった。
「遊び下手な現代っ子に遊び方を教えたい」。わくわくランドは1995年、学校の完全週休2日制の実施をにら
み始められた。地元の主婦などのボランティアグループ「わくわくランドあそぶっ隊」(20人)が黒子役となって月1回のペースで開催、大勢の子どもが集まる。「おばけやしき」でも黒子役となって、事前準備や当日の会場運営のための「子どもスタッフ」を募集したりした。
 代表の主婦伊藤美智子さんは「どんなイベントも申し込みは一切なし。強制参加でなく自由参加であることが、わくわくランドの人気の秘密。地域の子ども会に加大していない子どもも参加しているんです。私たち大人は子どもに教えるのではなく、子どもたちのアイデアで動くだけ。ときには、大人が思いもつかない奇想天外なアイデアも飛び出して、大人が子どもに教えられることもあるんですよ」と話す。
 わくわくランドは、あそぶっ隊メンバーばかりでなく、地域の住民が広く協力しているのも特徴である。お年寄りを招いたしめ縄づくりなど住民が手助けしやすい企画を積み重ねることで、地域から多数のサポーターを生み出している。
 今年3月には、子育て下手の予備軍ともいえる大学生を招いて風船人形づくりを実施。参加した大学生1年、伊藤芳樹さんは「自分まで夢中になって遊べた。塾講師のアルバイトで子どもと接する機会はあるが、こういう雰囲気で子どもと一緒に楽しめる場は、ほかにないですよ」と話す。


幅広い世代とのつきあい

 プロ野球パ・リーグ、福岡ダイエーホークスのホームグラウンド「福岡ドーム」(福岡市中央区他行浜)の近くを流れ、博多湾に住ぎ込む樋井川の上流約3キロの一帯に広がるのが、田島だ。
 もともと田園他帯だったが、高度経済成長期に入り、住宅が建て込んでいった。新旧の住居が入り交じった都市郊外ならではの生活風景が垣間見える。ただ、どうしても近所付き合いは少なく、地域住民の結びつきは薄かったのが実情だったという。
 このため、「子どもたちが幅広い世代とつきあう機会が少なく、勢い子どもたちには社会体験が不足、遊び下手な子どもが目立った」と公民館の久保田久恵主事。そして、「子どもたちが自発的に遊びを体験するきっかけづくりをしようと公民館から地域に呼びかけたのがわくわくランドでした」と説明してくれた。
 わくわくランドがスタートしてから6年。施行錯誤を繰り返しながらも大勢の住民がさまざまな企画に参加するようになっていった。今では、参加する子どもの数も6年前の倍となる100人近くに膨れ上がっている。
 母親の1人は「テレビゲームなど家の中で遊びがちな子どもが、わくわくランドのときばかりが喜んで外に出て行く。親としても安心して送り出せます」と笑う。また、地域の大人と顔見知りなった子どもたちは、公民館の外で会っても「わくわくのおばちゃん、おはよう」などと、元気にあいさつをするようにもなったという。それに連れて、大人が子どもたちを見守る「地域の目」も育ってきた。さらに田島小学校が学校だよりや公民館が作成したチラシを児童に配所するなど、地域の協力関係も広がりをみせる。


地域を見つめる環境づくり

 昨年3月、福岡市は公民館条例を改正、公民館の地域コミュニティ支援機能強化の方針を打ち出した。教育委員会の管轄で、社公教育の地域施設と位置づけられてきた公民館の役割を根本的に変える施策である。
「子どもの健全育成や高齢者の支援などもっと幅広く地域課題に取り組む住民活動の拠点に公民館を脱皮させようという試みだ」と同市幹部。@講師やボランティアの人材紹介、人材育成など地域団体に対する助言A地域団体間の連携促進B行政や地域情報の収集・提供C情報交換や協議などを通じた行政との連携D地域団体への施設・備品の提供―を公民館の新たな役割として掲げた。
「住民が必要としているものや解決したい課題は地域によってさまざま。公民館はそうした地域が抱える固有の課題を住民自らが見定めて解決する力を、手助けする役目を担うことになる」と同市は説明する。
 市内のある公民館の数は143。ほばすべての小学校区に設置されている。年間の利用者数は約400万人で、5年前より約50万人も増加。これに伴い、床面積が約280平方メートルの小規模公民館については、2006年度までに約500平方メートルの公民館に建て替えるなど、施設面での充実も図っていく。
 さらに同市は昨年7月、毎週1日あった休館日を全館で収りやめさせた。「休館日の廃止から半年で、新たな利用サークルが101増えたことも、公民館への住民ニーズの高さを物語っている」。その効果に、同市の担当者はしてやったりといった表情をみせる。実はわくわくランドの取り組みは、こうした市の方針のモデルケースともいえ、市は「公民館の地域コミュニティ支援機能の強化は緒についたばかりだが、こうした住民活動が多く地域に育ってほしい」と期待している。
 田島公民館では「わくわくランドに、もっと多くの地域住民に参加してほしい」と、毎月の公民館だよりを通じて継続的に大人のサポーターを募集している。
 久保田主事は「古き良き時代の向こう三軒両隣は難しいが、地域を自然体で見つめることができる子どもたちに育ってもらうため、末永く続く活動にしたい」と話す。
 わくわくランドを取材中、「子どもたちが大きくなって、わくわくランドで身に付けたことを、地域の自然な取り組みとして受け継いでほしい」。そう住民の1人が話すのを聞いた。都市化に伴なって希薄化する地域コミュニティだが、今、新たな形でその必要性を認める住民が増えているように思える。