「まち むら」75号掲載
ル ポ

コンクリート・ジャングルを花で満たす「花咲かじいさん」
東京都千代田区 花咲かじいさん
 東京のどまんなかにある千代田区には、日本を代表する企業の多くが集中し、昼間人口は100万人を超える。しかし、夜間人口は4万人に満たない。多くの人にとって働く場所にすぎないこの街も、住民にとっては長く住み慣れた愛着のある街であることに変わりはない。ここには、皇居などの縁を除けばコンクリートとアスファルトでおおわれた街を花でいっぱいにしようという現代の「花咲かじいさん」たちがいる。
 代表の笹島久子さんと守屋秀徳さんは、子どもが通う学校のPTAの役員として知り合った。話をしていて話題が花のことに及んだとき、2人は同じ思いを抱いていたことを知る。
「コンクリート・ジャングルのようなこの街を花でいっぱいにしたい」
 街中に花があふれ、人々は心を込めてその花の手入れをし、花を愛する気持ちが人々の心をつないでいく―2人はそんな夢のような発想に意気投合。善は急げとばかりに、ガーデニング講座を企画した。知り合いの園芸家を講師に、区民館を借りて講座を開くと、30人ほどが集まる盛況ぶりだった。2人は自分の家で花を楽しもうとする人々の思いをまちづくりにつなげようと考えた。
「街を花いっぱいにして、人の心がゆたかになるようなまちづくりにつなげたい。目標は大きく、千代田区中を花でいっぱいにしましょうって」(笹島さん)
 活動に必要な資金を得るために、千代田区街づくり推進公社の助成金に申請することにした。応募にあたって、グループの名前も考え、活動内容を詰めた。街中を花で飾るというこの活動計画に助成金がおりることになった。笹島さんは当時を思い出してこう笑う。
「さあ、たいへん。これはやらなきやっていうことで動き始めたんですよ」


街を花でいっぱいにしたい

 早稲田通り沿いには、地域の子どもたちが通う区立富士見小学校がある。校庭の一角にある理科園には、教材として使った土が山をなしていた。なかには太いみみずもいる。10年分にして約7トン。捨てれば産業廃棄物になるこの土をメンバーは見逃さなかった。
 隣接する区立富士見幼稚園の園庭を借り、地域の子どもだちと親がいっしょになって汗を流し、土づくりを開始した。土に石灰を混ぜて再生し、自作したふるいで異物を取り除き、総合肥料を混ぜてひとつひとつ袋詰めしていく。
「都心にあるこのあたりは資材を置く場所も、作業をする場所もないので、学校や幼稚園の協力が得られて、ほんとうに助かりました。これと同時に学校との交流も始まったんです」(守屋さん)
 主婦の生活感覚を生かして、花かごには100円ショップで売られている自転車用の前かごを利用することにした。
「大切な公金を、無駄なく有効に遣わせていただこうと、いろいろ考えた末に決めたんですよ」(笹島さん)
 いよいよ植えつけという日には、ガーデニング講座の講師をしてくれた園芸家がふたたび指導に来てくれた。自転車のかごに透水シートを敷き、下にはオアシスを置いた。このなかに再生した土を入れ、サフィニア、パンジー、マリーゴールド、ビオラを植え込んでいく。園庭には色とりどりの花かごが並んだ。
 完成した花かごは早稲田通り沿いのガードレールの際上段に取りつけることにした。区役所、警察、町内会、商店街も歓迎してくれた。取りつけが終わると、まるで花咲かじいさんが灰をまいたように、早稲田通りはまたたくまに花でいっぱいになった。


地域の資源を生かす

 この夏、早稲田通りには、真っ赤なサルビアの花が咲き誇っている。花かごの数はぜんぶで130。枯れている株はひとつもなく、猛暑に立ち向かって力強く花を咲かせている。花に遠慮してか、通りからは放置自転車も、空き缶や煙草の吸殻も消えた。日々この花の手入れをしているのが地域の里親たちだ。
「最初は置かせてもらう許可を得たところから花かごを取りつけました。そのうち地域の人たちが自発的に水やりをやってくがさるようになったので、花かごの里親になってほしいと一軒一軒頼んで回ったんです」(笹島さん)
 里親を頼んでいない場所でも、事務所ビルの前ではそこで働く事務員さんが、学校の前では主事さんが、仕事の合間に水やりをしてくれるようになっていた。いまではほとんどの花かごに里親がいて、その数は30人に増えた。
 早稲田通りで喫茶店を経営する里親のひとりは店の前に寂りつけられた3つの花かごの里親をしている。朝と夕方に目を配り、上の湿り具合を見て水をやり、花がしぼんだり、葉が枯れたりすれば摘んでやることが日課になったという。
 こうしてまずメンバーと里親たちの交流が始まり、やがて里親どおしが朝晩の水やりのときにあいさつをするようになり、花を介した住民どうしの交流が広がっていった。
 一年たったころ、花咲かじいさんは地域のお店を会場に「フラワーバスケット里親大会」を開いた。里親たちを結びつけた花々の話題は尽きることなく、会合は夜遅くまで続いた。


花を通して交流が広がる

「旅行に行くときには、鉢を持っていったほうがいいですか?」
 富士見小学校の子どもたちは3年生になると、総合学習の時間にフラワーバスケットに植える花を種から育てる。夏休みを直前に控えた植えつけの時間に、子どものひとりがこう質問した。鉢のなかの小さな命を枯らしてはならないという懸命さがこの問いかけに現れている。
 種を植えた鉢にはみみずも入れ、自宅に持ち帰って苗に育てる。花の成長を見守るうちに、最初のうちは土が汚い、みみずやありか恐いといっていた子どもたちも、「虫が恐くなくなった」「将来は花屋さんになりたい」という作文を書くようになる。この苗はやがて子どもたちの手で花かごに移植され、町並みを飾り、登下校の子どもたちをやさしく見守る。
「子どもたちが生みの親なら、育ての親は地域の里親たち。子どもといっしょにまちづくりをすることで、子どものなかに花を愛し、まちを愛する心が育ち、まちづくりもつながります」(笹島さん)
 富士小学校の子どもたちが年に2回行う早稲田通りの一斉清掃では、花かごのなかのごみにも目を配る。割り箸を手にした子どもたちが、かごのなかの小さなごみをすくい取っていく。
 花かごの土は一年に一度、入れ替え、花は季節ごとに植え替える。春はサクラソウ、夏はサルビアやケイトウ、秋はコスモス、冬はパンジーと、3年のあいだにこのサイクルが定着し、街に季節の便りを届けている。
 都心に生まれた現代の「花咲かじいさん」は1人で花を咲かせない。人々の心に花を愛し、花を育てる喜びの種をまき、人々とともに街を花でいっぱいにする。