「まち むら」76号掲載
ル ポ

観光地での交通渋滞解消実験―市民参画による地域の交通計画―
神奈川県鎌倉市 鎌倉地域交通計画研究会
 年間1700万人もの観光客が訪れる古都鎌倉。観光客が多く訪れる休日、市内の交通渋滞は慢性化している。そうした背景の中で鎌倉市は、市民参画による交通計画を実施、交通渋滞の解消に向けさまざまな社会実験を行い、全国的に注目される成果を上げている。来訪者が、バスや電車などの公共交通を活用して、市内観光をする周遊割引券「鎌倉フリー環境手形」の販売や、流入車両を鎌倉地域の西側、国道134号線の七里ガ浜周辺の駐車場に誘導し、近接する江ノ島電鉄に乗り換えて市の中心部に入って行く、「七里ガ浜パークアンドレールライド」が、今秋より本格実施され話題を集めている。


「鎌倉フリー環境手形」を売り出す

 JR鎌倉駅東口の改札を出ると、切符売り場の前に場所を設け、2人のご婦人が「鎌倉フリー環境手形」を販売中。2001年10月1日から販売を開始した「環境手形」は、鎌倉地域内のフリー区間(特定路線)のバス・電車が乗り放題で、大人550円、こども280円の料金(頼朝きっぷ)。協賛する寺社、美術館などの拝観料や入場料の割引や特別サービス付きの切符で、市内へのマイカー流入に歯止めをかけ、交通渋滞を解消しようとする試みのひとつである。販売しているご婦人たちは、「今日は、朝からお昼過ぎまでで70枚売れました。多い時には300枚以上も売れます。」と言う。「鎌倉フリー環境手形」の利用は、宣伝が広く行き届けば、その手頃な価格や便利さから、さらに利用増加が見込まれている。
 平成7年7月、市民、商業者、事業者、地元警察、道路管理者、学識経験者など38名(現在40名)からなる「鎌倉地域交通計画研究会」が発足した。幹事・事務局は鎌倉市が担当。研究会がまず着手したのは、観光シーズンの渋滞に関する実態の把握であった。バス交通の走行状況の実態調査や居住者へのアンケート調査を実施した結果、鎌倉地域内の主要なバス路線である金沢鎌倉線の場合、通常15分が2時間、雪ノ下大船線の場合では8分が1時間といった、深刻な実態が明らかとなった。交通渋滞は、中世の城塞都市そのままの形態を踏襲した脆弱な道路網に対して、午前中の短時間に車が集中することによって引き起こされていたのである。研究会は、およそ10か月間、延べ16回に及ぶ討議を経て、徒歩や公共交通を優先的に用い自動車の利用を抑えることを基調とした20の施策から構成される「鎌倉地域地区交通計画案」と、市民自らも車を自粛するという趣旨の市民宣言(案)を作成し、平成8年5月に市長に提言した。計画案の取り組みには、三つの基本を掲げている。@市民主体で取り組む・市民と行政が協働する。A現在ある交通施設を基本として取り組む。B実験を重ねながら計画を具体化する。研究会と鎌倉市は、こうした基本的な考えの基に実現可能な施策を、社会実験という手法を用いて計画を具体化していくのである。


多くの市民ボランティアが協力

 社会実験の考え方として次のものがある。時間と場所を限定して実際に体験する。施策そのものが有効かどうか検討する。体験者の意見も取り入れて修正することも含む。これまで実施した3回の社会実験には、延べ730名の市民ボランティアの協力が得られている。ちなみに「鎌倉フリー環境手形」は、平成10年5月〜6月と平成11年11月に社会実験を実施。平成11年の実験では1か月間に8375名の利用があった。社会実験によって施策の必要性やシステムの実用性、各関係機関の理解や協力が得られた後に、本格実施に至っているの
である。
 かねてから交通問題に関心を寄せていた岩沢晴子さんは、平成11年から研究会に市民として参画。現在も交通委員を務めている。岩沢さんは、度重なる研究会や部会の会合に頻繁に出席し、社会実験にも立ちあっている。パークアンドライドの社会実験の時には、利用者や利用しない人にもアンケートを配るんですね。そのアンケートの設問をどういう項目や文言にするかで、メンバーとずいぶん時間をかけて議論しましたね。自分たちですべて作ったんですけど、アンケートのパターンは、20通り以上になりましたね。それと、回収したアンケートの記述をどう読み解いていくかで、意見が分かれたりして大変でした。でもそのプロセスがとても楽しかったですね。」と、岩沢さんは当時を振り返る。
 七里ガ浜パークアンドレールライドは、平成8年と11年に社会実験が行われ、その確かな手応えを得て、今秋より本格実施されている。ちなみ1台当たり1500円の料金で、5時間の駐車料金と、江ノ電七里ガ浜駅〜鎌倉駅間・JR鎌倉駅〜北鎌倉駅間の一日フリー乗車券2人分が含まれている。寺社や美術館の割引特典付きで、正月三ケ日やゴールデンウィーク、7月、8月を除いた土日と祝日に運用。駐車場の担当者に話を聞くと「10月中だけで、125台の利用があった」と言う。パークアンドレールライドの看板が車から見えにくい、駐車時間の延長を求める声なども寄せられているようだが、概ね好評のようだ。また、由比ガ浜の地下駐車場に車を停め、バスに乗り換える、由比ガ浜パークアンドバスライドの実施も、12月より開始される。この施策も平成11年秋の社会実験で、利用者の評価が高く、システムを適正な価格で運用すれば、利用が期待出来る、という成果を得て本格実施に至っている。その他に社会実験を行った施策には、交通円滑化総合実験の一環として実施した、従来の歩車共存道路よりもさらに歩行者を優先した、歩行者尊重道路(今小路通り)などがある。


正確で迅速な情報伝達が重要

 交通政策上の新たな問題点として浮上してきたのは、経済情勢の変化、つまり不況などにより観光客が平成4年をピーク(約2275万人)に減少傾向にあり、研究会の発足時(平成7年)と交通事情が異なってきている点や、鎌倉市内には車や観光バスは入れない、といった誤ったイメージが流れてしまって苦慮している点などだ。また、混雑する道路を運転する場合に、その権利の代償を支払うべきであるという混雑税の概念により、料金を徴収するシステム、いわゆるロードプライシングが、導入されるという風評が一人歩きするなど、正確で迅速な市民への情報伝達の必要性が、より重要となってきている。交通委員の岩沢さんは、述べている。「今後とも交通状況の変化を把握した上で、鎌倉のあるべき姿を視野に入れ、より着実に課題に取り組んでいかなければならない。市民と行政の協働。この視点なしにはこれからのまちづくりの成功はありえない」。鎌倉市の交通円滑化総合実験は、市民と行政の協働のもと進められている。