「まち むら」78号掲載
ル ポ

栄える町から暮らしやすい町へ
高齢者福祉を重視したまちづくり
熊本県熊本市・南部地区市民の会
 熊本県の県都、熊本市の南端に位置する川尻地区。一級河川・緑川が町内を流れ、江戸期には年貢米や木材などを運ぶ水上交通の要衝としてにぎわいを見せた。かつては、木材を加工する桶屋や鍛冶屋、菓子店などが軒を連ねた「商人の町」。今でも造り酒屋や白壁の建物が立ち並び、往時の面影を残している。
 しかし、大規模商業施設の進出や少子高齢化で、衰退の波が押し寄せているのはここも例外ではない。伝統ある街並みを守ろうと、1986(昭和61年、自治会や婦人会、老人会などを中心に「南部地区市民の会」(福原政治会長)が発足した。「水と伝統の町」を旗印に、同地区に繁栄をもたらした川を見直すことから、まちづくりが始まった。
 まちづくりへの参加意識を持ってもらおうと、地区の全世帯から年100円を集め、緑川支流の一斉清掃や「親子カヌー教室」などを始めた。自然環境ととともに、統一感のある町並みも重視する。地元の工務店や建材店、設計事務所の経営者で「川尻六工匠」を結成し、竹を使った自動販売機の囲いや竹垣を備え付けた。
 和菓子職人の匠の技も、まちづくりに活かしている。川尻地区の和菓子店6店は「開懐世利(かわせり)六菓匠」と名乗り、イベントでの実演販売や出前菓子教室に乗り出した。老舗ならではの門外不出の製法を伝授し、和菓子の奥義や奥深さを一般の人に知ってもらおうとの狙いだ。伝統的和菓子を現代風にアレンジした創作菓子も数多く「川尻六菓匠」は、老若男女を問わず人気のブランドとして定着した。
 こうした取り組みを相次ぎ成功させてきた南部地区市民の会だが、まちづくりに大きな壁となって立ちはだかったものがある。
 高齢化という障壁だ。


お店やさんごっこで商店街活性化

 高齢化率をみると、熊本市が17パーセント(2002年4月1日現在)に対し、川尻校区は20パーセント(同)と3ポイント高い。さらに川尻の代表的産業が、桶や染め物、刃物といった工芸品のため跡継ぎが見つからず、商店はくしの歯が欠けるように閉店していった。「昔、この界わいには400〜500件の店舗がひしめいていたが、今では156件に減った。その中でも営業しているのは100件そこそこでしょう」と市民の会則会長の村田幸博さん(52)。
 そこで、空き店舗解消に向けて、98(平成10)年7月に始めたのが、商店街活性化にむけた社会的実験「お店やさんごっこの店」。仕組みはこうだ。商店街の空き店舗や空き地を1日3000円で出店希望者に貸し出し、「ごっこの店」という看板を掲げて短期出店してもらう。商売が軌道に乗れば、月1万5000円〜3万円の賃貸契約を交わして商店街の一員になる。昨年までに中華料理店、アクセサリー店など8店が出店した。
 今年に入り、高齢者向けの異色のテナント2店がお目見えした。一つは特別養護老人ホーム天寿園(米満淑恵施設長)が運営する高齢者交流サロン「かわしり倶楽部」。ガラス張りの扉を開けると、店内には力のないお年寄りにも楽に開けられるゴム製のペットボトルオープナーや、虫眼鏡のついたつめ切り、車いすの人のひざ掛けがずり落ちないようにする便利グッズなどが置いてある。
 とはいえ、お年寄りに商品を売るのが主眼ではない。介護保険の手続き方法や、痴ほう予防法などお年寄り向けの情報を無料で提供する。地域の人が気軽に立ち寄れるサロンとしても使っている。
 米満さんは14年間、通勤途中にこの商店街を通るうちに、「高齢者が住みやすい町だな」と思い、出店を決意した。「介護認定を受けていない人や家族は、痴ほう予防や介護のコツなどの情報に乏しい。元気老人と言われるけど、年を重ねて健康面に不安がない人なんていませんから」と米満さん。かわしり倶楽部には、社会福祉士や理学療法士、保健師ら7人が交代で常駐する。
 しかし老人ホームが運営することに対し、周囲からの偏見も少なからずあった。「かわしり倶楽部に来ると『そのまま老人ホームに連れて行かれるんでしょ』と言う方もいました」と米満さんはあっけらかんと笑う。「老人ホームの出張所と思ってはいません。介護用品や行政の福祉サービスの情報は、私たちは常時入ってくるのに、それを老人ホーム内だけで活用するのはもったいない。できれば一人でも多くの人にイキイキしてもらって、お年寄りが通りをかっ歩する町にしたいんです」。6月からは月1回、紙おむつの使い方や履きやすい靴の見分け方など生活に即したミニミニ介護教室を開く。


お年寄りにもIT技術を

 もう一つはコンピューター遊び処「歩来巣」(ぷらす)。米穀店を改装した店内には中古コンピューターが3台、反対側の棚には「10歳若く見える方法」や「遊び大辞典」などの本が並ぶ。昨年まで福祉関係の専門学校の講師を務めていた作業療法士・木村伊津子さん(46)が、5月に開設した。文字通り、だれでも気軽にパソコンが操作できる。しかも無料だ。
 店の前には廃材を利用してつくった看板のみ。開けっ放しの店内をひょいとお年寄りがのぞき込む。「この店はなんだろか」。最近、腰が痛むお年寄りは木村さんから腰痛予防の体操を習い、パソコンに興味のある人はマイペースでキーボードをたたく。分からないところは木村さんに教えてもらう。
 木村さんは将来、障害者の授産施設を県内の別の市に開設する予定で、その準備を進めている。さらに大学院にも通っており、自分の研究を続けながら、地域で健康相談や高齢者のための情報発信をしたいと考えた。
 3年前に高齢のため閉店した米穀店主の息子・江川三千夫さんが木村さんの姿勢に共感し、軒を賃すことにした。家賃は無料で木村さんは改装費のみ負担。中古パソコンも江川さんの設計会社から無料で譲り受けた。
 お年寄りの行動範囲は狭いが、パソコンが使えれば様々な情報が手に入る。買い物以外に町に出るきっかけにもなる。「この町を支えているのはお年寄り。お年寄りは知恵袋だし町の宝だと思う」と木村さん。「長年、この町に貢献してきた人に恩返しできればね」と江川さんもうなずいた。
 川尻に様々なスタイルの店が開設できるのは、賃料の安さと周囲のまちづくりに対する理解にほかならない。来る店があれば去る店もある。これまで開店した8店のうち、家庭の事情や販売不振から3店舗が移転したり閉店したりした。村田さんは言う。「昔は戸板商売と言って、1畳ほどの戸板に物を広げて、どこでも商売できた。ここで商売のイロハを学んで別の場所なり別の商売で活かしてくれればいいんです。」
 日本の人口は2007年の1億2700万人をピークに減り始め、2100年には6700万人にまで減少すると予想されている。消費による経済発展にも限界が見え始め、福祉社会や循環型社会を目指すまちづくりが全国各地で始まっている。「川尻は日本の将来の商店街の光景。だからこそ栄える町ではなく、暮らしやすい町を目指したい」と村田さん。「お年寄りの町」を自認する川尻は、身の丈にあったまちづくりを模索し始めた。