「まち むら」84号掲載 |
ル ポ |
「ガンバラナイ、楽しんで、はずんで生きる」10万時間 |
干葉県・船橋市 卒サラヒューマンネットワーク時活村 |
秋晴れのある日曜日、船橋市中央公民館の実習室には、蕎麦作りを楽しむ60歳過ぎの男性たちの笑い声が響いていた。憤れない手つきで蕎麦粉を捏ねる、ねじリ鉢巻の男性。顔に白い粉を付けたまま天ぷらを揚げる、蕎麦打ちの初心者。ひたすら蕎麦の仕上がリ具合を静観する初老の親父…。この部会は、千葉県船橋市に拠点を置く「時活村」の「村民活動」の一つ「おやじの料理」。メンバーは、サラリーマンを卒業した総勢40人余りのおやじさんたち。みんなとても若々しくて、高齢者という感じが全くしない。その元気の秘訣は、「時活杓」の活動にあるようだ。 「時活村」ネーミングの意味 JR東船橋駅北□から歩いてわずか1分の所に、村民の誰でもが「ふらっと」立ち寄れる広さ2DKのアパートの一室「ぷらっとほうむ」がある。ここが、卒サラヒューマンネットワーク「時活村」の事務所となっている。現在の村民数230名。そのうち男性が200名程を占める。夫婦での入村は13組。費用は、入村料1万円。村民税は、年間5千円。「時活村」の杉本晴夫村長は、「『時活村』が千葉県のどこにあるか地図を見たがどこにも無いとか、これからそちらの村に引っ越そうと思うのですが…と言った電話が来たこともありました。私たちが考えた『村』は、定年退職した、いわゆる卒サラのネットワークなのに、洒落がわからなかったんですね」と苦笑する。そして「時活村」のネーミングの意味について、こう述べている。「サラリーマンの定年となる60歳を基点として、80歳まで生きるとすると、誰でもが持つことになる10万時間をどう活用して行くかという意味です。自立とか自活との語呂合わせでもあります。ではなぜ『村』なのか。そこに集う人のためのものという意味です。よくいうじゃありませんか。『村社会って…』それと同じことです」 ちなみに10万時間とは、定年後の60歳から80歳までの自遊時間時間=14時間(生活必要時間の10時間を引いた時間)×365日×20年を換算した時間だ。 残された10万時間をどう生きていくか 「自活村」は、サラリーマンなら誰もが経験する「定年」を考え始めた人から、現に定年になった人々が、「定年=卒サラ」を基盤とした共通項で、ヒューマンネットワークを結ぼうという人の集まりである。定年退職者が、地域から孤立せず「自分づくリ」「仲間づくリ」「元気づくリ」を目指すようにと、平成7年にスタートした。そして翌年5月、千葉県立薬園台文化ホールに於いて「第1回卒サラを考えるはずんだフォーラム」を開催し、一般市民に呼びかけた。以来毎年5月にフォーラムが開催され、昨年8回目を迎えた。恒例の基調講演は、杉本村長の「自分流に楽しもう10万時間」。 フォーラムでは、このほかに、60歳を迎えた人を人生の達人として全員で祝福する「達人式」やディスカッション「どうする!あなたの10万時間」があり、毎口熱い意見が飛び交う。ちなみにフォーラムの参加者は、のべ4千人にも達している。さらに、今年はこのフォーラムをきっかけに、40人余りが「時活村」に大村した、と言う。事務局の皆川さんは、「発足から5年間ほどは、15人程度の『村民』しか、いなかった」と言う。その後、船橋市を中心に、松戸や東京方面まで「村民」の輪が広がっていった背景には、「時活村」の活動がマスコミに取り上げられ広く紹介されるようになったことが挙げられる。だが、それ以上に仕事一筋で生きて来た定年退職後のサラリーマンOBたちが、地域社会に溶け込めず、高齢者の引きこもりが多くなっているという状況が、こうしたネットワークを必要とし拡大させていった大きな要因ともなっている。 21部会もある「村民活動」 現在「村民活動」は、「おやじの料理」「サロン 井戸端会議」「カメラ『ピンボケ』」「自由農園」「おやじの遠足」「句会『さざんか』」「水中散歩」など21の部会がある。部会の行事予定の詳細を記した「はずんで生きる人の情報『はずんでワイ』」の中から、元気な出席者たちの様子を伺わせる記録を1部ご紹介しよう。 「頭の体操(A)9月14日(日)参加人数42名。外は厳しい残暑の連続。室内は冷房も程良くきいて、絶好のコンデションの中、42名(囲碁2人、麻雀40人)の参加の下、静かで熱い戦いが始まった。森田奥さんが国士無双を完成し、久々の役満で、場内いっしゅん歓声につつまれました」(羽田野英夫さん記) 「いも煮会&おやじの料理―10月19日(日)すばらしい秋晴れの『さざんかの家』で、いも煮会が、元気な老若男女がたくさん参加して行なわれた。豚の味噌汁がトントン拍子にまず空に。牛の醤油煮にウッシッシとよだれが出そうに。鶏のお鍋もまたケッコーなお味。腹ごなしにディスコゴルフ、ペタンクを童心にかえって楽しんだ」(森田奥さん記) 「村民活動」を記したどの文面からも、「村民」たちの「ばすんだ暮らし」ぶりが、垣間見えてくる。 村の合言葉「ガンバラナイ、楽しんで、はすんで生きる」 杉本村長は、村の合言葉の由来について、こう述べている。「サラリーマン時代にはそれぞれ一生懸命に頑張って働いて来た訳で、残り少ないこれからの時間も頑張って生きてどうするんだ、と言うことです。ですから村民は大村すると同時に『一人一活』と称する『村民活動』に自由に参加し、楽しんで、仲間づくり、自分づくりが出来ます。『何か』を見つけるまでガンバラナイ、また、『何か』が見つけられたら、これも『ガンバラナイで楽しんで』やるうということです。『何か』が見つかれば、ばすんだ暮らしが出来ることでしょう。つまり、孤立化していく『定年退職者の集まれる場を提供する』ことが『時活村』の目的であり、すべてであります」と。 一人一活 冒頭に紹介した船橋市中央公民館での部会「おやじの料理」に集った参加者は、まず1500円の会費を集めると、すぐに2班に分かれて、買い出しに行く。サラリーマン時代に余り行ったことのなかったスーパーに出掛け、その後、ニンジンや大根の皮をむく。しかし、皮をむいたことのない「おやじ」が何人もいた、と言う。参加者の中には、昨年、年間108回の「村民活動」に参加して「時活村」から表彰された人もいた。「村民」の多くは、ゴルフや麻雀、井戸端会議といった複数の部会に出席している。また、家にいる奥さんの負担を軽くするためにも、時々外出して、自分の好みに応じた「活動」をすることが、大切だ、とも言う。「一人一活」とは、残された10万時間の中で、自分の居場所を、自分流に見つけ出すことである。「時活村」に集う多くの「村民」たちは、「ガンバラナイ、楽しんで、はずんで生きる」を合言葉に、ひたすら「村民活動」を展開中である。 |