「まち むら」85号掲載
ル ポ

環境と経済をつなぐ商店街をめざして
神奈川県・茅ケ崎市 茅ケ崎市商店会連合会/茅ケ崎酒販組合
 知らないということは、ときに大きな力になることがある。神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎酒販組合青年会は、ワインを売ることは知っていても、新しいワインの開発については知らなかった。だからこそ、3か月後にリターナブルびん入りの茅ヶ崎ワインを発売すると宣言した。それがどんなに大変なことかを知らずに。努力の末に、酒販組合がこの構想を実現させたのは1年後のことだった。


新しい時代の地域おこし

 温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、東京や横浜への交通も発達している茅ヶ崎市は、急速に都市化が進んだ。22万人を超えた人口はいまも増加し続けている。このまちで環境をコンセプトに据えたまちづくりを推進しているのが、24の商店会からなる茅ヶ崎市商店会連合会だ。
 全国どこの商店街もそうであるように、茅ヶ崎市の商店街も大型店に客を奪われ、苦戦を強いられている。市内には約20店の大型店が進出し、消費の7割を吸収している。シャッターの下りた店も出始めた。地域コミュニティの中核である商店街の衰退は、自治機能の低下にもつながる。手をこまねいてばかりではいられない。2000年1月、商連ではまず消費者との連携を模索し始めた。
 「大型店ではすでに行なっていたことですが、商店会連合会として消費者と話し合いの場をもったのは初めてのことでした」と、会長の岩澤裕さんはいう。
 このとき、消費者グループ「ちがさき・ごみ会議」は、市のごみ収集体制では、本来、再使用されるはずのリターナブルびんが破砕され、路盤材になっていることを指摘。リサイクル(再資源化)よりリデュース(発生抑制)、リユース(再使用)を優先する持続可能な社会を実現するため、ともにごみ問題に取り組みたいとした。
 これをきっかけに商連は、「ひととまちのコミュニケーション」、「エコ・シティ茅ヶ崎」、「緑いっぱいのまちづくり」という三つのコンセプトを掲げる。その実現に向けて「エコ・シティ茅ヶ崎委員会」を設け、マイバッグ、エコバッグ、エコカルテ、リターナブルびん、生ごみの堆肥化、エコ・レンタサイクル、地域通貨の七つのワーキンググループを立ち上げた。七つのテーマはどれも、地域の環境課題への回答でもあった。
 岩澤さんは、「環境と経済が両立する活動を通して、商店会と地域のコミュニティを構築することを最大のテーマに行動することにしたんです」と振り返る。


リターナブルワインをつくろう

 そのひとつ、リターナブルびんの推進に取り組んだのは、茅ヶ崎酒販組合青年会。活動の対象を、もっとも取り扱い量の多いビールに絞った。
 かつて地域の酒屋は客からの注文を受けると、びんビールをケースで配達し、空きびんを回収していた。缶やペットボトルなど使い捨てのワンウェイびんとは異なり、洗うだけで何度も再使用できるびんビールの環境負荷は、缶ビールの7分の1から4分の1と試算されている。
 ところが、ビール容器に占めるびんの割合は3割まで低下している。それは大型店の進出と無縁ではない。定価なら、中身のビールはびん入りのほうが缶入りより安い。しかし、大型店の特売の缶ビールは、酒屋の仕入れ価格より安く売られている。ごみ問題の解決と地球温暖化防止につながる缶からびんへの再帰は、大型店から商店街に客を取り戻し、環境と経済をつなぐ挑戦でもあった。
 青年会ではビール容器を缶からびんに戻す活動を開始する。まずリターナブルびんをアピールするために、ビールの小びんを1000本用意して茅ヶ崎駅前で配ることにした。生まれ育ったまちの街頭に立つのは初めての経験だった。
 「最初は1000本を配るのにどれくらい時間がかかるのか、そもそも全部はけるのかと不安でしたが、ただでもらえるとあって、ものの30分でなくなりました」と、青年会相談役の水越勝彦さんは話す。メンバーは「飲み終えた空きびんは近くの酒屋に返してください」と、一人ひとりに声をかけた。しかし、このときの回収率はわずか1%だった。
 一方で、リターナブルびんで何か新しい商品をつくれないか。リターナブルびん入りのワインはないから、ワインでもつくろうかという企画がもちあがる。その年の12月、「環境にやさしい茅ヶ崎を考える懇談会」で、水越さんは翌年3月にリターナブルびん入りの茅ヶ崎ワインを発売すると発表した。「前々から仲間内で話し合っていたことを、つい口がすべってみんなの前で発表してしまったんです。簡単にできると思っていましたからね」と水越さんは笑う。


昔のなかに未来を見い出して

 ところが、打診した大手のワインメーカーにはすべて断られる。ようやくメンバーの店で取り引きのある山梨県のワイナリー、甲州葡萄酒本舗が快諾してくれ、開発のめどが立つ。山梨に足を運び、試飲したワインのなかから商品を選び、価格を設定。日本ガラスびん協会が規格を統一し、リターナブルびんに認定している720ミリリットルの「Rびん」に詰めた。ラベルを公募すると、47の応募があった。発表から1年後の2002年11月、リターナブルびん入りの赤ワインを発売した。
 「100ケース、1200本をつくる予定でしたが、売れなかったら、青年会の役員で10ケースずつ分担して引き取る覚悟でした」と、当時、青年会会長だった齊藤直樹さんは振り返る。しかし、予約の受けつけを開始すると、予定の3倍、300ケースの注文が入った。
 リターナブルびんには確実に回収するため、50円のデポジット(預かり金)がついている。それでも市内での回収率は13%にすぎない。消費者グループ「ほっと茅ヶ崎準備室」の南和枝さんはその理由を「特産品の少ない茅ヶ崎で、みやげものとして売れていることが考えられます」と分析する。
 活動開始から3年がたち、商連が取り組んだ、リターナブルを含む七つのテーマは確実に動き出した。その活動が市民、研究者、行政という応援団を呼び寄せ、視察や取材も相次いでいる。
 「これまでまったく経験のないことをやり、いろんな人と知り合い、話し合う機会が増えました。忙しいけど、とにかくおもしろい毎日です」と齊藤さんが話すように、自ら行動を起こし、茅ヶ崎からリターナブルびんの推進を発信したことに、確かな手ごたえを感じている。青年会では、「いくらワインが売れても、もっとも消費量が多いビールがびんに戻らないと、ごみは減らない」と、ワインの開発でつちかった活動の成果を、ふたたびビールにも広げようとしている。
 昨年6月には白ワインも発売し、赤と白がそろった。これを記念して募集したびんに貼る環境標語に、現在、青年会会長をつとめる新倉勇次さんは、「忘れてる昔はみんなびんだった」という作品を応募した。環境にやさしいリターナブルびんを介して店と客とが豊かなコミュニケーションを育む未来は、みんなびんだった昔のなかにあると確信して。