「まち むら」85号掲載 |
ル ポ |
「地域の子どもは地域で守る」町ぐるみで声かけ運動 |
和歌山県・すさみ町 5分間出迎え運動 |
「常春の町」として全国にPRしている和歌山県西牟婁郡すさみ町。入り組んだリアス式海岸「枯木灘」の浦々には漁村が点在し、山あいにはのどかな農村が続く。 「鍵をかけない」という家も珍しくないほど平和な田舎町だったが、最近になり、不審者の出没など子どもを巻き込んだ事件が増え始めた。 そんな中、「地域の子どもは地域で守ろう」と、昨年10月、教育委員会や串本青少年センターすさみ支部らの街頭指導が始まった。さらに、保護者らが家から出て登下校の子どもを見守る「5分間出迎え運動」や、高校や育友会の自主的な巡回など地域全体の運動へと発展している。 いずれも、不審者が近寄りがたい地域をつくるという本来の目的に加えて、互いが顔を覚えることで子どもとコミュニケーションを深めようというものだ。 かつては帰宅中の子どもを見かけては自分の子どもでなくとも話しかける人が少なくなかったが、最近では近所の子どもでも顔を知らない人が増えているようだ。 発端は不審者対策 運動の発端は、昨年10月初旬、同町周参見にある周参見小学校の児童が不審な男性に声をかけられたり、周参見中学校の生徒が後をつけられたりといった事件が相次いで起きたことだった。日ごろは治安もよく平穏なこの地域には衝撃的で、保護者や地域の人たちに不安がまたたくまに広がった。 保護者や教職員の反応は早かった。各学校で毎日、登下校時に街頭指導に立つ先生や、街頭に立ち子どもに目を光らせる青少年育成会議の補導員らの姿が見られるようになった。放課後などに校区を自転車で巡回し始めた校長もいる。 保護者や地域の団体もいても立ってもいられなかったのだろう。これをきっかけに地域に目を向け、子どもとコミュニケーションを持つことで、古き良き時代のすさみ町を目指しているようだ。運動は、地域の子どもを守りながら育てる二重三重の防御網になりつつある。 5分間出迎え運動 毎朝毎夕、児童が登下校する時間帯にすさみ町を訪れると、親が玄関先まで出てきて自分の子どもだけでなく地域の子どもを見送る姿を見ることができる。これが「5分間出迎え運動」だ。 通学路に「おはようございます」「気を付けて」と元気なあいさつが飛び交う。 保護者に加え、地域の人も朝夕の登下校時間に地域の人たちが家から出て、掃除などをしながら子どもたちの安全を見守る。大人の目が多くなることで犯罪を抑止し、それぞれの顔を覚えることで非行を防ぐという効果もある。とくに下校時は、学年やクラブ活動などによって子どもの帰宅時間がばらばらになる。日によっては薄暗い時もありうるため、より重点を置いている。 すさみ町を管轄する串本警察署は「県内で、子どもが不審者に声をかけられるという事件が増えている。保護者に自分の子を守るという意識を強く持ってもらい、子どもが帰宅する5分ぐらい前に外に出て迎えてもらいたい。親子のきずなが深まり、他の子どもへの関心も深まる」とこの運動の行方に期待を持って見守っている。 その名も「くすのきパトロール」 すさみ町内を歩くと、「くすのきパトロール」と書かれたプレートを付けた車や自転車、バイクとすれ違う。 車や自転車などで町内を移動する際、地域の見回りと生徒への声かけをしようと、周参見小学校の校庭に立つ大きなクスノキにちなみ、「くすのきパトロール」と名付けられた地域の見回り運動。さながら、動く子どもの「かけこみ寺」だ。不審者の出没を耳にし、いち早く保護者会などで対策を協議した周参見小学校育友会の取り組みだ。 育友会の地区役員や保護者のクラス委員、教員ら40人ほどが、「くすのきパトロール」と書かれたA4判サイズのプレートを車や自転車に付け、登下校する児童を見かけては、「おはよう」「こんにちは」のあいさつや日常の会話を意識的にしながら、周囲に目を配っている。 もちろん、保護者らの中には「照れくさい」という声もあるが、「子どもも大人も、互いに今まで知らなかった顔を覚え、自然にあいさつを交わすようになってきた」と巡回の効果を実感しているようだ。とくに、子どもから声をかけてくる機会が増えたという。 「プレートを付けていると自然に地域に目がいく。互いのコミュニケーションが深まることで地域の防犯機能も高まるはず」と話すのは育友会の役員。 地域ぐるみの運動に発展 周参見小学校から約1キロ離れた周参見中学校に校舎を間借りしている南紀高校周参見分校。有志の職員数人がほぼ毎日、小学生の下校時刻に合わせて歩いて地域を見回っている。夜間定時制のため、夜9時を過ぎて約1.5キロ離れたJR西日本周参見駅まで行き、電車を利用して帰る女生徒もいる。不審者出没の事件は人ごとではない。 「高校の女生徒を心配するだけでなく、同じように地域で教育活動をしているので、児童たちを守っていきたい」と堀潔教頭。 昨年12月には町、町教委、町議会、串本青少年センター、補導センター、串本警察署、地域の小中学校や保育園、公民館、商工会、各区などから代表者約30人が集まり、「子どもを守る会」が開かれた。 そこで口々に出されたのは「地域の大人の顔を知らない子どもが多い。今回の不審者の事件をきっかけとして、地域で子どもたちを守る運動を継続していこう」という前向きな声だ。会場からは緊迫感が伝わってきた。 津村均教育長は、補導員らと串本警察署のパトカーに分乗して夜間に見回りをしたり、交差点に立って街頭指導をするかだから、「地道な活動だが、声をかけながら子どもの顔を覚え、様子を見ていくことは、一番大事な活動」と、町内の会議など足を運ぶ先々で「5分間出迎え運動」への一人でも多くの協力を呼びかけている。 すさみ町商工会も立ち上がった。いつも人がいるまちの商店が運動に参加したことは、大きな意味を持った。いつも人がいるということは、いざという時に逃げ込めるようになるため、子どもたちの安心感につながる。 「子どもを守る会」は、この運動が一人でも多くに広がるよう、町の広報誌や区長会、地域の集まりなどあらゆる機会で地域へ協力を呼び掛けている。 その後、不審者出没などの事件は発生していない。 |