「まち むら」87号掲載 |
まちづくりの現場から |
地域犯罪組織としてのわんわんパトロール隊 |
原 岡 充(東京都世田谷区・砧町町会わんわんパトロール隊事務局) |
ここ一年ほどの間に全国に瞬く問に広がった「わんわんパトロール」。このわんわんパトロールについて、ご自身も東京都世田谷区砧町でわんわんパトロールに関わり、全国のこの活動にもお詳しい原岡さんに、その効果やその運営で気をつける点などを書いていただいた。 はじめに 平成十五年三月に東京都世田谷区成城警察署管内で初めてわんわんパトロール隊が発足した。わんわんパトロール隊とは、愛犬家が犬の毎日のお散歩のときについでに防犯パトロールをしようという活動である。活動の簡便性と有効性が評価され、全国に急速に広まっている。本稿では、砧町町会わんわんパトロール隊の活動実績および、全国のわんわんパトロール隊の活動内容を基に、効果的で負担の少ない地域防犯活動のあり方について述べる。 地域の防犯性能を向上させる犯罪企図者のリスクマネージメント 犯罪の種類は、ひったくり、空き巣、車上狙い、乗り物盗、不審者など多様である。これらの犯罪を企てている人を犯罪企図者というが、彼らはところ構わず犯行におよぼうとしているわけではない。犯罪者に対するアンケート(*1)を分析すると、彼らは彼らなりの価値観に立ったリスクマネージメントを実施しているのが分かる。まずその地域の防犯意識が高いかどうか、犯行後の離脱経路は安全か、といった情報を集め、さらに下見をして仕事がスムーズに進むように計画を立てる。その上で捕まる危険と収穫の大きさを比較し、ターゲットとなる地域を選ぶ。これをグラフで表現すると図1のようになる。 Aは捕まる危険度が小さくかつ収穫も大きい地域、Bは捕まる危険度は小さいが収穫も小さい地域、Cは危険を侵してでも仕事をする価値があるほど収穫が大きい地域である。一方Dは収穫に対して捕まる危険度の方が大きい地域である。犯罪企図者はA>B>Cの順にターゲットを分類しリスクマネージメントを行ないながら地域を絞り下見で確認した上で犯行に及ぶ。犯罪企図者がそのまちの「捕まる危険度と収穫」をDと分類したなら、恐らくそこでは犯行に及ばないであろう。 防犯性能を上げる 犯罪企図者が「捕まる危険が大きい」と判断する基準は、時間と人の目だと言われている。犯行に「時間がかかりそう」なターゲットは敬遠される。また、「誰かに見られるかもしれない」と思うようなターゲットも敬遠される。犯罪企図者が「この地域は止めたほうがいいな」と思うようなまちの体質、これを防犯性能と呼ぶが防犯性能は地域住民の手によって高められる。例えば「時間がかかりそうだな」と思わせるのはそこに住む人たちの日ごろの防犯意識の高さと予防対策の実行力であり、「誰かに見られるかもしれない」と思わせるのは地域の人の目の存在である。日常的に情報を交換し合って犯罪に遭わないように備えたり、地域の人の目を印象付けるように定期的にパトロールしたりすることでその地域の防犯性能を上げることができる。 今までの防犯活動 町会、自治会では、地域の防犯性能を上げることを目的として各種の防犯パトロールを実施している。しかし課題も多く、形骸化しているところも多いように思う。具体的な課題としては次のようなものがあげられる。 (1)有志が集まってパトロールするが負担を感じている/(2)人が集まらず参加する人がいつも決まっている/(3)頻度が少ない(月一回、半年に一回など)ので犯罪企図者の目に付きにくい/(4)パトロールの時間が短く(一時間くらい)、時間帯も決まっている/(5)コースが決まっている/(6)活動の成果が見えないので達成感が少ない/(7)地域の人たちに対する防犯意識の高揚の効果は薄い、などである。 年中行事になっているから、あるいは警察署や区役所、市役所から言われるから実施するというのが実情のようである。 人が集まらないというのは、住民に危機感がないからと思われる。警察からの情報は町会、自治会幹部のところに届いているのだがそれが住民に効果的に展開されていないので住民が危機感を覚えない。情報の展開の方法に工夫が必要であろう。 わんわんパトロール隊の活動基本的な活動 そのようななか始まったのがわんわんパトロール隊の活動である。わんわんパトロール隊の基本的な活動の内容は次の一点である。 (1)お散歩のときに活動表示の腕章、バンダナ等を着用する 【期待する効果】 ・地域の人たちにも防犯意識を持ってもらう/・犯罪企図者に人の目を印象付ける/・子どもたちにパトロール活動中である旨知つてもら (2)不審者、不審車両、その他気になることがあったら110番通報、もしくは最寄りの警察署に情報提供する。 【期待する効果 ・警察に速やかに情報を提供することで犯罪の発生を未然に防ぐ/・不幸にして犯罪が起きたときは、その後の捜査の助けになる/・110番通報に慣れる。 今までの防犯活動とは異なる点を以下にあげる。 (1)今まで行なっていた愛犬のお散歩そのものなので新たに始める必要がない/(2)毎日実施できる/(3)いろいろな世代の人が参加できる/(4)参加意識がそれほど高くなくても構わない/(5)参加者自身のペースで参加できるので負担がない 実施効果 わんわんパトロール隊の活動によって、今までの活動の課題を補完する次のような効果が期待できる。 (1)参加者に防犯意識の高揚が期待できる/(2)まちで多くの腕章が目に付くことでまちの人たちへの防犯意識の高揚が期待できる/(3)腕章が犯罪企図者の目に触れること で「人の目」を印象付けることができる/(4)話題性があり、さまざまなルートで広報、報道されることにより犯罪企図者にまちの防犯意識の高さを印象付けることができる 活動母体 活動内容が非常に簡単で、かつ容易に継続可能であることからその有効性が認められて、わんわんパトロール隊発足の動きは全国各地に広がっている。その活動母体は多種多様である。図2に全国のわんわんパトロール隊の活動母体の調査結果を示す。 それぞれの活動母体の特微を表1に示す。 活動母体には圧倒的に地域住民組織が多い。活動はその地域の地理的状況、歴史的背景、社会的状況を背景にしながら最新の防犯情報を踏まえて実施されることが望ましいという観点からも母体に地域住民組織が多いというのは心強い。 愛犬家グループ、PTA、防犯協会主導等の比較的広域の活動は、参加者が地域に散らばっている。活動表示の腕章を印象付ける効果に欠けたり、参加者の参加意識が時間とともに低下していく可能性があるので注意が必要である。 自治体主導のケースは、やはり自治体の仕事を増やすことになるので今の時代かなり稀と考えていいだろう。広域の活動とならざるを得ないので情報の提供、期待感の伝達に工夫が必要であろう。 警察署との連携 情報収集、パトロール上の留意点の指導、一般への広報などの観点から、警察署と緊密な連携をとることは大変重要である。樋村(*1)によれば、防犯パトロールをするときにその地域の犯罪発生状況を知った上でパトロール上の要点をしっかり押さえておく必要がある。その場合、警察からの一方的な情報提供を期待するのではなく、こちらから積極的に情報を問い合わせるのがよい。 他の組織との連携 地域をパトロールしている他の組織との連携がうまくとれると、より効果が上がると考えられる。例として小中学校、PTAとの連携の例をあげる。 犬のお散歩の時間帯は子どもたちの屋外活動時間帯とほぼ一致することが分かっている。わんわんパトロール隊のメンバーが登下校や公園で遊ぶ子どもたちの回りに多く居て黄色い腕章が目に付くことで、子どもを狙った犯罪企図者に対し犯行を思いとどまらせる効果が期特できる。このことは地域の小中学校やPTAからは大いに期侍されている。これらの外部の組織と意見交換、情報交換を行なってパトロールに役立てたり、保護者や子どもの信頼を得ておくことは大変有効である。 広報の重要性 その地域で防犯パトロールが活発に行なわれていることを地域の市民のみならず犯罪企図者の目に触れるように広報することは大変重要である。町会、自治会の町内掲下板やインターネットホームページに掲示することや警察署の広報活動(チラシ、防犯教室、ホームページ)でアナウンスしてもらうこと、マスコミなどのメディアの取材に積極的に応じることも有効である。 メンバーの参加意識の維持 メンバーに参加意識を常に持っていただくための工夫も欠かせない。入会当初は意識が高くてもその内に意識が薄れて腕章をしなくなるケースも少なくない。 わんわんパトロール隊に参加しているからこそ入手できる情報や活動の成果、地域の他の組織の期待感を定期的に伝えることで参加意識を維持していただけると考えている。情報伝達のための媒体は電子メール、FAX、電話、郵便などがあるが、それぞれの組織の実情に合わせて選択するとよい。 わが砧町町会わんわんパトロール隊では、年代層が非常に幅広くFAXを含めたIT関連機器に疎い人が多いので「ハガキ」をメンバーで手分けして配達する手法をとっている。ハガキの発行頻度は一回/月である。また、定例会やマナー向上講習会を行なっているところもある。 継続性 わんわんパトロール隊の活動は時の流行で終わってはならない。まちの防犯性能は一朝一夕に築き上げられるものではない。また防犯性能が上がったとしてもその状態を維持していかないと意味がない。そのためにはこのような活動を地道に続けることが必要となる。 砧町町会わんわんパトロール隊には現在二百人弱のメンバーが登録されているが、定例会その他のイベントは一切実施していない。イベントヘの参加が義務付けられると、いつも参加する人、しない人の両極化が進み、結果として活性度に偏りが出ると考えたからである。同じ品質の活動を長期にわたってつづけるには「細く長く」を前提とする必要があると思われる。事務局にとっても、参加者にとっても負担感のない運用を心がける必要がある。 まとめ わんわんパトロール隊の活動は、簡便であるにもかかわらず今までの防犯パトロールが抱えてきた課題の大半を解決するに足る要素を有している。 しかし、まちで大きく取り上げられることによって犬嫌いの人たちが不快感を覚えるといったマイナス面も持ち合わせている。今までの議論やこれらのマイナス面を踏まえて今後われわれが気を付けなければならない事柄としては、 (1)細く長く活動していく/(2)犬嫌いの人にも配慮する/(3)他の組織と意見交換をしながら独りよがりにならないようにするといったことがあげられる。 わんわんパトロール隊の活動は、まだ始まって一年ちょっとである。まちの防犯性能の向上に寄与していると信じ地道な活動を続けていきたい。 参考文献*1…北大路書房「都市の防犯一工学、心理学からのアプローチ」小出治監修、樋村恭一編集 |