「まち むら」88号掲載 |
ル ポ |
子育てママの居場所づくりを学校、高齢者施設、企業へと広げる |
東京都小平市・子育て支援サークル「きらら」 |
小学校の廊下に並ぶ乳母車の列 「わー、かわいい」「抱っこしてもいいですか?」――。休み時間の小学生が次々と教室を訪れ、赤ちゃんを眺めたり抱っこしたり。「かわいいねー」と言われると、傍らにいるママの顔が思わずほころぶ。 東京・小平市を中心に活動する子育て支援サークル「きらら」が月に一度、同市立小平第3小学校で開いている子育て広場「ベビーきららin3小」。地域の子育て家庭が赤ちゃん連れで集まって来るこの日は、校舎の廊下に乳母車がズラリと並ぶ。同校の田中英夫校長が「家庭と地域、学校を結ぶきっかけにしたい」と、空き教室の一つをきららに開放している。 きららの子育てサポーターが畳敷きのスペースで赤ちゃんの相手をしている間、ママたちは脇に作られた喫茶コーナーで、ドリップ式のコーヒーと手作りクッキーでのんびりとしたひと時を過ごす。「普段は育児に追われて、コーヒー1杯を飲む時間が無いんです」と参加者の一人が晴れ晴れとした表情で話す。 回を重ねるごとに参加者が増え、小学校が夏休み中も続けられた。地域ですっかり定着したこの子育て広場は、地元の民生委員、主任児童委員が、学校や教育委員会との橋渡しになり実現した。 同市主任児童委員の北順子さんは「子育て中のママにとっては、育児ストレスの解消や仲間作りにつながり、小学生にとっては赤ちゃんと接することそのものが、生命の大切さを学ぶ機会になっています」と小学校内で行なう子育て広場の意義を説明する。 居場所を求める子育てママのために 「きらら」は2001年3月、小平市在住の子育て中の主婦らが集まって発足した。代表の野村貴子さん(38)は10年ほど前、子ともが生後4か月のころに同市に引っ越してきて、孤独な育児に悩んだ経験がある。 パソコン通信で同じ境遇の仲間を探してサークルを発足させると、最初に子育て中の家庭が無料で集まることができる「子育て広場・きらら」をスタート。2002年4月には小平市中央公民館でゼロ歳児のための育児サロン「ベビーきらら」を始めた。居場所を求める子育て中のママたちの要望を受ける形で、広場事業は市内各地に広がった。昨年11月に始まった同市の白梅学園短大の構内での広場は8か所になった。 短大の構内というユニークな場所での試みは、同短大の保育学科などの学生が赤ちゃんや子どもだちと交流する。第1回目には親子20組が参加し、おっかなびっくりの学生が赤ちゃんを抱っこしたり、幼児と駆け回ったり。今後も毎月第1火曜日に開かれる予定という。 乳幼児、とくにゼロ歳児を子育て中の母親は、出かける機会も少なく育児に追われるまま、家にこもりがちになることが多い。きららはホームページのURL(http://oide.to/kirara/)が示す通り、孤独な子育てをしている家庭に「おいでよ!」と呼びかける。「地域全体で子どもを育てる」という、野村さんをはじめ、メンバーの強い思いが活動の支えになっている。 ゼロ歳児からの一時預かりもスタート 昨年7月からは、広場事業に加えて預かり保育事業も始めた。財団法人女性労働協会の「子育てサポーター養成講座(22時間)」を受講したスタッフが、保育園のお迎えやちょっとした外出の留守番など、ゼロ歳から子どもを預かる。「ラーメンをゆっくり食べたい」「美容室に行きたい」というニーズにも応じる。母親一人に育児を抱え込ませず、一緒に子育てしましょう」と呼びかける。 きららの活動の広がりは、ママ友だち同士のロコミの威力が大きい。一度参加したママが、次に参加するときには友人を誘って参加するのだ。このほか、活動報告や予定を記した「きらら通信」を毎月700部発行し、公民館や健康センター、スーパーや産婦人科医院など、ママたちの目に止まる場所に置いている。遠方から電車やバスを乗り継いで来る参加者もおり、これまでに延べ2000人がきららの活動に参加したという。 高齢者とのふれあい交流も 「地域全体で子育て」という思いは、異世代交流も生み出している。昨年4月から市内の高齢者施設「ほのぼの館」で開いている広場では、近くの特別養護老人ホーム「小川ホーム」のおじいちゃん、おばあちゃんと交流する。80から90歳の高齢者数人が、いそいそと「ほのぼの館」に足を運び、ひ孫ほど年の離れた赤ちゃんを相手に相好を崩す。 同ホーム施設長の増田英男さんは「ホームの生活はテレビや日向ぼっこなど、どうしても退屈な過ごし方になってしまいますが、赤ちゃんに会う日は元気になって帰ってきます。赤ちゃんパワーですね」と話す。月に1度の広場を、約70人のお年寄りが順番で心待ちにしているという。 生後8か月の山崎ひよりちゃんを連れて参加した母親(29)は「私自身におばあちゃんがいなかったので、娘がお年寄りに接する機会はとても新鮮。ふだんは一人で育児をしているので、きららの広場に来ると本当に息抜きになります」と話していた。 こうした子育て支援・異世代交流から、きららの活動はさらに広がりを見せている。 マンション建設に主婦の声を反映 東京の西武新宿線・花小金井駅前。一角に作られたマンションのモデルルームで、9月中旬の平日午前中、ビーズアクセサリー教室が開かれた。きららが企画し、地域の子育て中のママに呼びかけた。教室が開かれている間は子育てサポーターが子どもを預かり、ママたちは子どもから離れ、自分のための時間に集中することができる。 ここはダイア建設が販売する「ダイアパレス花小金井U」のモデルルーム。昨年5月にオープンして以来、イベントは毎月開かれており、同社は場所の提供だけでなく、材料費など全面的に支援してきた。それというのも、このマンション建設にあたり、きららが地元に暮らす主婦代表として、設計当初からかかわってきたからだ。 まず一昨年11月から12月にかけて、きららのメンバー15人を中心に、水周りや間取り、収納や設備など、住まいに対して感じていることや不満に思っていることなどを聞き取り調査。同社は悩みを解決するために、「こんな設備にしたら便利になる」といった提案ブックを作成し、議論を重ねた。メーカーに問い合わせたり特注したりして、メンバーの要望を取り入れていった。 その結果、ハンズフリーのインターホンや台所の包丁ストッカーの安全装置が設置されたほか、自転車をエレベーターに載せて玄関前まで持って来られる、間取りや設備の組み合わせを自由に選べる――など、主婦ならではの様々なニーズが実現した。 駅から徒歩20分以上かかる交通の便が悪い物件ながら、発売開始から5か月で75パーセントが売れた。同社の宣伝担当者は「消費者の声を聞いて作ったからこその高い販売率。きららの存在が大きい」と話す。 この日のアクセサリー教室が終わると、ママたちは□々に「子どもを産んでから、自分のための時間を持ったことがなかった」と話していた。そんなママたちに、野村さんが声をかける。「子どもたちが頑張って持ってくれたからこの時間が持てたの。お迎えに行ったら『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』と言ってね」。子育ての先輩ならではの心遣いが伝わってくる。 主婦の育児サークルからスタートしたきららの活動は、地域の子育て支援にとどまらず、町づくりや地域活動にも貢献していくだろう。 |