「まち むら」91号掲載 |
ル ポ |
市街地の拡大を抑制し、コンパクトなまちを! |
青森県 青森市 |
郊外の開発を抑え中心部に機能を集約 「コンパクトシティ」―郊外の開発を抑え、中心部に機能を集約する街づくり―の先進地として、最近、青森市が注目されている。2005年度版の中小企業白書に事例が紹介(表記は匿名)されたほか、国土交通省は佐々木誠造市長を街づくりに関する審議会の臨時委員に指名した。中心街再興のシンボルは、JR青森駅前再開発ビルとして2001年にオープンした「アウガ」。市民が気軽に集う場所として認知され、にぎわいの拠点となっている。一方で、「アウガ1人勝ち現象」が中心街の他地域に陰を落としている面も否定できない。県民の悲願である東北新幹線の新青森駅開業は、5年後の予定。県外観光客の受け入れ態勢を含め、青森市の街づくりは大きな転機を迎えている。 「プリクラが充実。ファッションもいろんな系統がそろってる」(高校2年女子)。アウガは方言で「会おうか」を意味する。若者をターゲットにした服飾中心の専門店と、市立図書館などの公共施設、港町の風情を伝える魚業市場が同居。土日や平日の午後は多くの高校生が専門店をぶらぶら回ったり、待ち合いスポットで友だちとおしゃべりを楽しんでいる。若者ばかりでなく、高齢者、サラリーマン、主婦にも“何となく時間を過ごせる場所”として愛されている。 青森市はもともと、駅から放射状に発展した街だ。本州と北海道を青函連絡船で結ぶ交通の要衝である青森駅。旅行客や商売人が集い、港町独特の情緒を昧わった。しかし昭和40年代以降、地価の安い郊外に人口が流れ、後を追うように卸売市場、病院、図書館など公共施設も移転した。加えて郊外型の大型店が相次ぎ開業。中心市街地の人口は、昭和45(1970)年からの30年間で約3分の1まで減少し、市全域に占める割合は1%を切る。商店街の歩行者通行量も激減した。 市は長期総合計画で「道路・学校などの社会資本整備や雪処理経費の増大を避け、郊外に広がる農地や林野の保全を図るとともに、既存市街地において、街のにぎわいや利便性を高めるため、無秩序な市街地の拡大を抑制し、コンパクトな都市づくりを行う」と宣言。中心街に都市機能を集約し、質的にも充実させる方向を明確にした。 この街は、人口約30万人の都市としては世界有数の豪雪地である(大雪だった2004年度の除排雪費は31億円を超えている)。ブルドーザーなどの重機を駆使した行政による大規模除排雪は、中心街の大通りでは比較的進んでいるが、小路が入り組んだ住宅地や郊外までは行き届かないことも多く、市民からの苦情が市役所に殺到する。市にしてみれば、できるだけ中心街への移住を促し、郊外の除排雪コストを軽減させたいところだ。 中心街に高齢者が移住 市は街全体をインナー(内側)ミッド(中間)アウター(外側)の三つに区分した。アウターは、郊外を東西に走る国道7号環状道路の外側で、原則として開発を認めない。インナーは中心商店街を含む、昔ながらの市街地。ミッドは中間部の田園地帯や新興住宅街で、広い道路幅、融雪溝(水路)を設置するなど、冬場の豪雪に対応した造りを心掛けている。 市の狙いが当たってか、ここ数年、中心街に高齢者などが移住してくるようになってきた。県によると、市内のマンション建設はバブル経済期以来のラッシュ状態。融雪装置を備えたマンションなど、自力での除排雪の必要がない点が人気を呼んでいる。 市役所で佐々木誠造市長に話を開いた。「コンパクトシティを目指すきっかけは、私が青森商工会議所の副会頭をしていた1984年のことです。冬の豪雪でも快適に買い物ができるような街をつくりたい。地域一帯が、快適さを共有できるような街にしたい―と考えたのが出発点です。気候が厳しいこの街に、外へ外へと拡大するような都市開発は適さない。いろんなことをコントロールできるコンパクトな街にすることが大事。最近になって国も都市計画法を見直す動きが出てきましたが、願ってもないこと。かつての青森市は、開発の波から置いてけぼりを食わされっ放しだった。でも時代は流れ、環境保全や安全・安心できる食糧の供給、少子高齢化社会への対応が重要になった。これが、コンパクトシティの概念と結び付き、本市にとってチャンスを開いた。郊外の開発規制をしっかりと行なうとともに、中心商店街の振興にも力を入れることが課題となる」という。 ただ、言うまでもなくアウガが中心商店街の全てではない。毎年、市内の各商店街で歩行者通行量を調べている青森商工会議所によると、05年6月の調査で、休日のアウガ近辺の歩行者数は前年比で約30%アップ、安定した集客力を見せつけたものの、一方で、大通りを200メートルほど下った商店街は前年比で約15%減少。小路に入ると30%以上ダウンしている商店街も目立った。にぎわいが駅前にとどまり、広く波及していないことを浮き彫りにしている。 「03年に、ある老舗百貨店が閉店したことで、人の流れが変わってしまった」。青森市のメインストリートである新町商店街振興組合の堀江重一事務局長は語る。「郊外型大型店のように大きな駐車場がなく、価格競争に対抗できない点が痛いところだが、2年前から『一店一品(逸品)』の売り込みキャンペーンを始めた。地元客を呼び戻そうという試みだが、意外と観先客にも評判がいい。何とか、本格的な売り上げアップに結びつけたい」と意欲を見せる。 駅周辺には、引退した青函連絡船を資料館や展望レストランとして活用している「メモリアルシップ八甲田丸」や、巨大な三角形のフォルムが印象的な「県観光物産館アスパム」、世界的に有名になった「ねぶた祭」の季節になると、山車の制作小屋が立ち並ぶご「ラッセランド」など、観光資源が集中している。5年後に開業予定の新幹線駅(新青森駅)は、現在の駅および中心街から約4キロ東に位置するため、県外からの観光客をいかに中心街に呼び込むか、にぎわいの相乗効果で、地元住民にとっても活気ある街づくりを目指している。 市民には戸惑いや反発も 行政が積極的に推し進めるコンパクトシティだが、一部の市民には戸惑いや反発があるのも事実だ。市が6月に行なった街づくりアンケートには、次のような声が寄せられた。「横に広い青森市の人々を、中心街に集めることのみを考えていると、郊外は住みにくい土地になってしまい、高齢者は特に大変でしょう。もう少し、市全体のことを考えてください」(30代女性)「コンパクトシティのせいで住宅地の地価が異常に高くなり、住みにくい。いわゆる市の中心(役所)や古い商店(駅前)の活性化に力を入れているが、市民の多くはそこに住んでいない。税をもっと公平に使うべき」(50代男性) 別の50代男性は、憤りと不安の交じった表情で語る。「私は約20年前に開発された住宅街に体んでいる。コンパクトシティでいえば、アウターに位置する。中心街とは路線バスでつながっているが、冬場は豪雪で交通がまひすることもしばしば。今後の街づくりが中心部に集中するなら、すでにアウターに住んでいる人たちが切り捨てられるような気がしてならない」 新幹線開業を見据えた街づくりの構想は、本年度、緒に就いたばかり。地域バランスヘの目配りも、引き続き重要だ。 |