「まち むら」92号掲載 |
ル ポ |
食の町から広がる「世直し」 |
福井県・小浜市 |
講師が手にしたのは、早朝に地元でとれたばかりのニンジン。「とってもいい香り。食べてみたい人は?」「はーい」。二十人の保育園児が目を輝かせる。口に入れた途端「あまーい」の大合唱。 四〜六歳の幼児を対象にした小浜市の料理教室「キッズキッチン」は、こんなやりとりから料理体験に移る。作るのはみそ汁、副菜の二品。園児たちが小さな手のひらに豆腐を載せ「さいの目」に切っていく。野菜をまな板に寝かせ、ピーラーで皮をむいていく。その手付きは危なっかしいが、母親たちは手伝えない。見守るだけなのがルールだ。 山口元気君は、嫌いなシメジがたっぷり入ったみそ汁を食べきった。いつもは茶わんの三分の一しかご飯を食べない湯浅海斗君も「お代わり!」と、元気に茶わんを差し出した。不安げだった母親たちの顔がみるみるほころんでいく。 「キッズキッチン」が始まったのは二〇〇三年。これまでに百回以上開かれ、毎回すぐに定員が埋まる。指導者は、食生活改善推進員や市民有志でつくる「食育サポーター」。その自発的で活発な取り組みが評価され、農林水産省提唱の「地域に根差した食育コンクール」特別賞に選ばれている。つい先ごろには、この小浜方式をモデルに全国規模の「キッズキッチン協会」が発足。「いのちの教育」ともいえる食育が、目立たなかった一地方都市から大きく広がろうとしている。 豊かな地域資源に立脚 福井県の南西部、琵琶湖の真北に位置する若狭地方。その中心都市である小浜市は、人口約三万二千人の小都市ながら、その豊かな自然、歴史は折り紙付きだ。 近畿七府県随一の清流を誇る北川、水量豊かな南川の一級河川が並んで小浜湾へ、さらにその外側に広がる若狭湾へ流れ込む。延々と続く複雑なリアス式海岸。沖では寒流と暖流がぶつかり、良質の漁場が形成された。そんな地理・自然条件から、若狭は千年以上もの昔に、天皇家へ食料を送る「御食国(みけつくに)」としての歴史を踏み出した。大陸と都(みやこ)をつなぐ中継点ともなり、なかでも小浜には一流の文化が蓄積されていった。古寺を中心に、国宝二点を含む指定文化財は二百七点。その数は県内で最も多く、このまちの奥深い歴史を物語っている。 こうした地域資源に光を当て直し、首尾一貫した理念でまちづくりを進めようとしたところから、小浜市は今までにない注目を浴びることになった。 バブル崩壊後の長い景気低迷によって、約二百人の従業員を抱えていた大手電器メーカーが〇〇年に撤退。伝統工芸の塗箸産業や水産加工業などは、安価な労働力を求め海外へ相次いで工場を移転していった。疲弊する一方の地域経済。同市が「食のまちづくり」に乗り出したのには、そんな背景があった。 〇一年九月、市は全国に先駆けて「食のまちづくり条例」を制定した。「食はあくまでも切り口。歴史はもちろん環境保全、健康長寿、観光振興などあらゆる分野と食をリンクさせたかった」。村上利夫市長が語る通り、条例は広範なまちづくりに「食」という太い筋を一本通す内容となった。市民と行政との「協働」も理念の一つとし、市内十二地区の住民たちがそれぞれに「地区振興計画」を策定、これを受けて市は「食のまちづくり基本計画」を作り、互いが両輪となって施策を展開してきた。 給食自給率八〇% 同市の小中学校は十六校。このうち九校が給食の食材に校区内でとれた農産物を使っている。〇三年から始まった市教委の「食の教育推進事業」の一環で、特に中山間地にある中名田小は重量ベースの“給食自給率”が八〇%にもなる。 食材を納めているのは地元中名田地区の農家十一人。「給食食材生産グループ」を結成し、毎月一回公民館に集まっては翌月の献立に合った野菜などの割り振りをする。この活動は地区振興計画に盛られたものの一つ。主体的な住民の行動と、市の事業がぴったりかみ合った協働の好例となった。 「ナス一キロ、キャベツ一・五キロ…」。児童数が五十一人しかいない同校の発注量は細かい。「たまらんでえ。ナスが入った袋一つ提げて学校行くんやから」と笑うのは、同グループの中野幸男会長。ナスの栽培歴が十六年。子どもたちに「ナスのおっちやん」と呼ばれる人気者だ。「それもこれも学校に野菜を納めるようになってからや。今は農業がわしらの生きがいになっとる」。孫のようにかわいい児童を思い、納入農家は消毒を控え、化学肥料を鶏糞や油かすに変えていった。 一方、食材納入をきっかけに結成されたほかの生産者グループのうち、三団体が朝市の開催に乗り出した。農家十三戸が加入する「まるやま農園」が開いている週二回の朝市は、毎回午前七時の開店前から行列ができ、多いときには三十人以上が並ぶ。地場産給食の導入は、生産者の意欲を引き出し、地産地消を拡大させるという好循環をも生みだした。 この間、「キッズキッチン」の舞台でもある「御食国若狭おばま食文化館」や市直営のレストラン「濱の四季」がオープンし、食そのものの発信力も高めてきた。市の食生活改善推進員でつくる「グループマーメイド」は「濱の四季」で、小浜ならではの料理を観光客らに提供し、特産の焼き鯖やへしこ(鯖のぬか漬け)を使った駅弁も開発した。 これとは別に、焼き鯖と地元谷田部ネギを組み合わせた「鯖サンド」や「へしこリゾット」が料理コンテストから生まれ、市内の飲食店のメニューに登場した。市内にある県立大学は「へしこに血圧抑制の働きがある」との研究を発表する一方、鯖の養殖に乗り出すなど、周囲の状況も活発化しつつある。 食育で注目度倍加 BSE(牛海綿状脳症)や牛肉の偽装表示問題、糖尿病など生活習慣病の若年化、子どもの食物アレルギー、キレる子どもと個食・孤食の関係など、現代の食をめぐる状況が社会問題化するなかで今年七月、「食育基本法」が施行された。知育、徳育、体育以前に食育があると位置付け、国民運動として食育を展開することをうたっている。 これに先だって、小浜市は昨年「食育文化都市」を宣言。市食のまちづくり課の高島賢課長は県内外へも積極的に出掛け、食育の重要性を訴え続けている。「食育を広めるには、食育を民間がビジネス化していくことも必要」と柔軟で、先に設立された「キッズキッチン協会」でも、同市など全国三十四市町村とともに参加したベネッセや東京電力、リクルートなど三十の企業・団体の事業化の動きに期待している。 食育を食のまちづくりの柱としたことで、同市への注目度は一層高まった。内閣府の食育意見交換会の会場地に国内全市町村で唯一選ばれたほか、全国規模の学術会議なども相次いで開催されている。全国各地からの視察は、今年度は九十八団体千二百五十六人(十二月二十三日現在)と、すでに〇二年度の十倍以上にもなった。 危機的に見える食。それは経済効率一辺倒で近代化してきた末の日本社会を映す鏡。そして、国民運動としての食育はいわば現代の「世直し運動」。だとすれば、小浜市の取り組みはもう、一都市のまちづくりの範囲を超え、新たな国づくりの一翼を担っているというべきかもしれない。(福井新聞小浜支社・堀英彦) |