「まち むら」94号掲載 |
ル ポ |
家族と地域を守るために多彩な防災活動を展開する |
神奈川県平塚市・ひらつか防災まちづくりの会 |
防災活動に取り組む団体の緩やかなネットワーク 「何から始めればいいのだろうか」。防災に関心を持ち始めた人の心にまず浮かぶそんな疑問にこたえてくれる活動が、神奈川県平塚市で繰り広げられている。講演会などの啓発活動は言うに及ばず、自宅を地震から守る耐震補強の事業にまで取り組むというその活動は、実に多彩で幅広い。しかも、その担い手の多くは、「地域と家族を守りたい」という思いを共有する「普通のサラリーマン」、そして「普通の主婦」たちなのだ。 平塚市は、相模湾沿いのいわゆる「湘南」の一角に位置する人口約26万人の都市だ。東海道の宿場町として栄えたなごりが、仙台市と並んで知られる七夕まつりに残るが、瀟洒な住宅街が建ち並ぶ街の風景には、東京や横浜のベッドタウンという横顔がのぞく。 福祉や環境保護活動、国際交流などが市民レベルでも盛んな土地柄で、JR平塚駅前の一等地には、市民活動のために市が作った市民活動センターという施設もある。千葉県松戸市の馬橋地区社会福祉協議会のメンバーが5月14日、ここを訪れて、篠原憲一会長ら同会のメンバーから話を聞いた。それに便乗する形で、3年間の会の歩みと活動への思いに耳を傾けたが、その多彩な内容、バラエティー豊かなメニューにまず驚かされた。 子どもたちと「防災まち歩き」を続けているグループがあり、「防災かるた」を作り、かるた大会を開催するグループもある。その一方で、市内在住の外国人向けの多言語防災リーフレット作りが行なわれ、在宅療養老や独り暮らしの高齢者向けの要介護者支援のためのパンフレットを発行する活動もある。 さらに、地震被害軽減の切り札として注目されている住宅の耐震補強の普及のため、昨年2月には、地元の建築や設計の専門家とタイアップして「平塚耐震補強推進協議会」という団体まで設立した。 篠原会長が言う。「それぞれの団体が、関心を抱いた活動を進めています。会は、そういういろんな団体の緩やかなネットワークなんです」。その会長自身、防災の専門家ではない。生まれも育ちも平塚で「平塚が大好き」という会社勤めの59歳、。“団塊世代”のお父さんだ。 阪神・淡路大震災を再現した映像を見て会旗揚げ 会旗揚げのきっかけは3年前。1本のCD−ROM映像をいくつかの市民団体のメンバーが一緒に見たことが始まりだ。倒壊する住宅、崩れ落ちるビル―1995年1月17日午前5時46分、阪神大震災発生の瞬間を、その映像は特撮技術を駆使して再現していた。 そして、マグニチュード7.3、震度7の地震で六千四百三十三人もの命が失われた最大の理由が、自衛隊の救援の遅れでもなければ、食糧不足や寒さでもなかったことを、その映像は伝えていた。亡くなった人の8割が住宅・建物の倒壊による窒息や圧死だった。最大の理由は街全体が地震の揺れに弱かったことだった。 神戸の「人と防災未来センター」が作成し、NPO法人「東京いのちのポータルサイト」が各地の防災グループに配布しているその映像を最初に見たのは10人ほどと決して多くはなかった。しかし、「街と家族を守らなければ」という思いが、その日以降、口コミで地域に浸透していった。 子どもと一緒に街を歩き、防災マップづくり 「防災まち歩き」の活動に取り組んでいるのは、母親たちが中心のグループだ。 「地震が起きたら、学校はどうなるのだろう」と思ったお母さんたちは、わが子が通う小学校の校長先生に尋ねた。「地震の時は、どうしたらいいのでしょうか?」。返ってきた言葉は「お子さんを迎えに来てください」たった。 「『迎えに来て』と言われても……」「学校は避難所になるのでは?」。街全体が激震で次々とがれきと化していく映像を見た後だっただけに困惑した。ただ、困惑の中から「まずやるべき事」が浮かんだ。 「子どもたちと一緒に街を歩き、危険な場所をまず確認してみよう」 倒れそうなブロック塀があるところはどこか、地盤が液状化しやすい場所はどこか……。まち歩きの成果は、地域の地図に危険箇所を描き込んだ防災マップに結実した。 母親の代表の1人が言う。 「PTAが様々なことを発信することで、学校や先生の意識も高まると思うんです」 地域で作った「防災かるた」で防災意識をはぐくむ 「市販のものもあるけれど、地域で作ることに意義がある」。「防災かるた」の活動もそんな思いが後押しした。夏休みに、お隣の茅ケ崎市や大磯町の小学校にも呼びかけ、かるたの読み札と絵札を募集すると、読み札500枚以上、絵札も200枚近く集まった。 〈あなどるな 地震のこわさ おそろしさ〉(小4男子) 〈こまった時は 助け合う 近所の力とあかるい笑顔〉(小2女子) 地域ぐるみで審査することで、子どもたちが考えた「防災かるた」の知名度は一気に上がった。現在は、地域の子ども会の集まりやイベントなどに貸し出され、次代を担う子どもたちの防災意識をはぐくんでいる。 多言語リーフレット発刊の作業は、「地震が起きたらどうしたらいいのか分からない」という外国籍の人たちの思いを受けて始まり、要介護者支援では、地震に備える車いすの男性の生活の知恵をかわいいイラストで描いたパンフレットに注目が集まる。 専門家・工務店と連携し家々の耐震補強工事にも着手 そして、耐震補強工事の推進活動が、倒壊しない街づくりの実現を目指す。 建築・設計の専門家や工務店と連携しながら「平塚耐震補強推進協議会」という団体を設立した耐震補強部会の中心メンバーでやはり平塚生まれの木谷正道さんが言う。「強度が足りない家は、大地震で瞬時につぶれる恐れがあります。大切なのは家がつぶれないこと。そのためには耐震補強が欠かせません。炊き出しや避難訓練だけではダメなんです」。 全国の住宅戸数は約4700万戸。うち1150万戸で耐震性が足りない。阪神大震災から学ぶ教訓は、まずこの弱い住宅に耐震補強工事を施すことだと、木谷さんは言う。 「いくらかかるか分からない」「だれに頼めばいいのか分からない」―耐震工事はこれまで、「だから進まない」の悪循環だった。これを踏まえて、「七夕まつり」をはじめ様々なイベントの会場で耐震補強の無料相談会を開き、地元の建築専門家の協力を仰いで、工事費が1か所あたり20万円という「耐震後付ブレースエ法」も開発した。このオリジナル工法をはじめ、工事には、その住宅にあった工法を活用する。しかも、工事終了後には、協議会メンバーの専門家と住民代表が出来具合を点検評価し、その結果を公開するのだ。工事は、平成17年度だけで57件。今年度は200件という目標を掲げている。 「やりたい活動をやってきたら、現在の形になったというのが正直なところです」と言った後に、篠原会長が続けた。「ただ、家族と地域を守りたいという強い思いは、みんな同じです」 |