「まち むら」97号掲載
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地域に密着した情報を発信し、人びとをつなぐ
大分県由布市挟間町・町民情報室・未来クラブ
 流入人口の増加に伴う地域社会の希薄化―。大分県由布市挟間町は、隣接する県都・大分市のベッドタウンとして発展する一方、都市化の弊害に悩み続けてきた。大型団地の開発などで新しい住民が増えるにつれて、近所付き合いはだんだん疎遠になっていった。この状況に危機感を抱いた当時の行政は、生活や地域文化に密着した情報を発信し、地域における住民の交差点となる新組織「町民情報室」を設置。2001年、その運営を担う住民ボランティアとして「未来クラブ」は誕生した。
 現在までに情報発信だけでなく、子育て・教育支援、伝統文化の継承などに活動を広げ、総合的な地域づくり組織に発展。「住民が地域を知り、仲間と出会い、きずなを深める。そうすれば地域に一体感が生まれ、住民が『住んでよかった』と思える挟間町になる」(油布洋一理事長)。人と人とのつながりをはぐくむことこそ、未来クラブの原点だ。


地域ボランティアが講師役を努める「学楽多塾」

 毎週土曜日の午前。由布市挟間町の市立公民館「はさま未来館」には、子どもたちの真剣なまなざしと、はじけるような笑顔があふれている。未来クラブが同町内の小・中学生を対象に開催する「はさま地域子ども教室・学楽多塾(がらくたじゅく)」。館内にはパソコン、料理、漫画、押し花といったさまざまな「教室」が開講し、「塾生」の子どもたちは学びたい教室を自由に選ぶことができる。
 「学楽多塾」は町教委(当時)が2004年5月、未来クラブに運営を委託してスターート。「地域に顔見知りが減り、子どもたちが安心して遊べる空間が少なくなった。学校週5日制もあり、まずは子どもの土曜日の居場所をつくることが出発点だった」(同)。未来クラブを中心として行政、学校、家庭の三者が連携し、地域を挙げた青少年健全育成事業が始動した。
 最大の特徴は、授業はすべて地域ボランティアの講師が担当すること。例えば、漫画教室は絵の得意な市職員が「先生」を務める。竹とんぼやこま回しなど昔の遊びを教える教室では、地域のお年寄りが手作りの醍醐味(だいごみ)や昔ながらの知恵を伝授する。「学楽多塾」は、子育て支援や学校教育の補完だけでなく、世代間交流の場を提供し、生涯教育を充実させる役割も果たしている。
 地域密着型の活動は着実に成果を挙げ、「塾生」も順調に伸び、現在では年間で延べ約2600人が参加している。2005年度からは「放課後の居場所づくり」として週1回、平日の放課後に地域周辺部にある小学校に講師が出張し、教室を出前する「放課後チャレンジ」事業も始まった。未来クラブメンバーで、市立図書館長の山月美江子さんは「学楽多塾の原動力は地域ボランティアという住民力。講師の人には技術面だけでなく、社会教育の指導もお願いしている。学楽多塾を通して子どもと大人が顔見知りになり、地域にきずなが生まれる。それが何より大事なんです」と強調する。


挟間の人、文化、歴史を伝えることで地域を身近に感じてもらう

「挟間は寄り合い所帯」―。未来クラブのメンバーの一人は、近年の挟間地域をこう表現する。大分市のベッドタウンとして新興住宅地が次々に開発されたが、急激な人口の増加は地域に人間関係にひずみをもたらした。転入者からは「地元のことが分からず、近隣の住民と共通の話題がない」「隣近所との付き合いがなく、地域になかなか溶け込めない」との声も上がった。一方で自治会単位の会合や祭り、清掃といった地域活動に参加しない転入者もおり、地元住民とのあつれきも表面化した。油布理事長は「住民の気持ちがバラバラだった。地域が一つにまとまり、住んで楽しい、明るい挟間にするには何をすべきか。そこから考える必要があった」と振り返る。
「まずは多くの人に地域を身近に感じてもらえるよう、挟間の人、文化、歴史に関する情報を伝えたい」。こうして未来クラブが取り組んだのが、地域情報を発信・提供する機関広報誌の発行だった。
「習い事を始めたいが、地域にはどんなグループがあり、だれが活動をしているのか分からない」「子育てや福祉、農業などで仲間や相談相手を探したい」。そんな身近な要望にも応えられるよう、各種団体の会員募集記事なども掲載した。地域で芸術やスポーツに頑張る人に光を当て、季節に応じた農業情報や家庭菜園のアドバイスのコーナーも立ち上げた。住民の目線に立ったアットホームな広報誌は、次第に住民から好意的に受け入れられるようになった。
 このほかにも、地元の歴史を知り、挟間に愛着を持ってほしい―との思いから挟間地域の伝説・民話を紹介し、それを契機として町教委、町立図書館(いずれも当時)と連携して民話集を発刊。劇を通して収用した民話を多くの人に楽しく知ってもらおうと寸劇集団「あっちゅうま」も結成した。山月さんは「みんな演じるのが好きだったし、地域文化を継承する意味でも効果があった。やろうと決めたらすぐ実行に移すのが未来クラブの良いところ。自分たちの活動が少しでも住民の『話の種』になれば」と話す。


補助金頼りでは本当にやりたいことはできない

 挟間町は2005年10月、温泉観光地として有名な湯布院町、隣接する庄内町と合併した。人□約3万7000人の由布市となったが、市全体の地域づくりはまだ緒に就いたばかりだ。市行政は当初、未来クラブのノウハウを全市に生かそうと事業規模の拡大を打診したが、クラブ側は活動エリアを旧町域に据え置いたという。「地域づくりの基本は住民同士が顔を合わせることであり、それには1万人前後の生活圏が(活動範囲の)限界」(油布理事長)との判断があったからだ。
 発足から6年目を迎え、未来クラブは今、新たな一歩を踏み出そうとしている。目指すのは、行政と民間が手を携え、住民の意思、希望に沿った挟間地域を築く「行政との協働による地域づくり」だ。未来クラブは2007年度、経済的な自立を目指し、年額130万円に上る市の補助金(2006年度実績)を受けない方針を決めた。「補助金頼りでは本当にやりたいことはできない。行政依存を脱却して、行政と対等な立場で地域づくりに取り組みたい」と油布理事長。財政状況は当然厳しくなり、活動の縮小も余儀なくされるが、「真の住民自治を実現する一つの試練」と意に介さない。今後は現在の取り組みに加え、『文教のまち・はさま』を目指し、地元出身の文学者に対する顕彰活動や絵本の読み聞かせなど文化啓発活動を重点的に進める考えという。
「『住んでよかった』と、地元に愛着を持ってもらうのが未来クラブの仕事」。山月さんはこう前置きし、今後の目標を語った。「自分たちが楽しみながら、何よりも息長く、地道に活動を続けていきたい。そうしていれば、いつか本当の住民の手による地域づくりが花開くと思いますから」