「まち むら」99号掲載
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大学生による高齢者の健康支援から始まるまちづくり
北海道釧路市・NPO法人地域健康づくり支援会1to3(ワンツースリー)
 北海道釧路市は人口約19万人。道東の中核都市で、1960年代から70年代ころまでは日本一の漁獲量を誇り、石炭産業と併せて隆盛を極めた。時代や世界情勢の変化で、かつてほどの活気はなくなったが、現在も漁業の拠点であり国内で唯一採炭を続ける。また釧路湿原、阿寒国立公園と二つの国立公園を持ち、豊かな自然と多様な生態系に恵まれた土地でもある。


大学生が高齢者の健康づくりを支援

 全国的に少子高齢化が進む中、当地でも健康への不安を抱える人は多い。家計に占める介護や医療にかかる費用も増加。いつまでも体が動き、元気に過ごしたい―との思いは齢を重ねていく上で、共通の願いではないだろうか。
 2004年11月、北海道教育大学釧路校の教授陣と学生有志が、地域健康づくり支援会1to3(ワンツースリー)を設立。2005年10月に法人化した。現在会員は120人。「1to3」とは「1人で参加した人が次回、友人を連れて3人に増えてほしい」との願いが込められている。理事長は同大の北澤一利准教授。「元気で健康な若者と人生経験が豊富で知恵のある高齢者が、手を取り合い、共にまちづくりができないか」と思い立った。高齢者の運動不足解消と認知症などの病気予防、また介護保険制度で「要支援」となっている人たちの機能回復と介護予防を図り、60歳以上を対象に健康教室を開講した。これまでの受講生は延べ7000人に上る。
 健康教室では、スポーツ選手がトレーニングに活用するゴム製のラダーを応用した格子状のはしご「ふまねっと」を使用する。「ふまねっと」は長さ4メートル、1ますが50センチ四方のはしごが3列になったもの。プログラムは、縄を踏まないように歩くことから始め、徐々に音楽やリズムに合わせてステップを踏んだり、隊列を組んで振り付けたりと、参加者の運動レベルに合わせて内容を構成する。また、タオルやいすといった身近なものを使ったストレッチや、スポンジボールを持ち曲に合わせて踊ったりと、どの年代の人にとっても体への負担が少なく、飽きのこないプログラムになるよう工夫した。1人のけがや事故もなく、受講生からは「無理がなくて楽しい。みんなでできるので続けられる」と好評を博している。


笑顔の絶えない「健康教室」

 教室を指導するのは、サポーターと呼ばれる同大の学生たち。教育学部で勉強中の“教員の卵”たちにとって「教えること」は、目指す教師としての資質向上に役立つ。さらに、参加する地域住民とのあいさつや会話を通して、コミュニケーション能力や社会人としてのマナーを身につけていく。学生たちは高齢者の知恵や経験を得る機会にもなり、受講生たちは若い世代から元気ややる気をもらっている。違う世代の人々との交流で、最初こそ「あまり話すことができなかった」「何を話していいか分からなかった」と戸惑っていた学生が、回を重ねるごとに「前回よりステップが上手くなったね」「体の調子はいかが」などと会話がはずみ、互いに対する親しみが増している。「顔が見える地域づくり」は自然な形で実現した。
 プログラムの効果は目に見える形で現れている。足が思うように動かず、ふまねっとを踏んでしまった人が2、3回目には歩けるようになったり、車いすを利用している人が杖を使って立ち、歩けるようになるまでの回復力を見せた事例もある。体力だけではなく、認知機能の測定ポイントが平均20パーセント改善するといった脳への好影響もあった。受講者に万歩計を付けてもらったところ、参加後は30パーセント歩数が増加。北澤理事長は「何人かで行なうことが楽しさややる気、意欲につながっているのでは」と分析する。
 なんと言っても一番の効果は「笑顔」。健康教室をのぞくと、いつも笑いが絶えない楽しい雰囲気に包まれている。体力に自信を持てた高齢者と、指導する喜びや責任感を実感できる学生の相乗効果なのだろう。


高齢者が社会福祉の受け手からまちづくりの担い手へ

 北澤理事長は「高齢者はきわめて有能な社会的資源。社会福祉の“受け手”とされてきた高齢者が、健康づくりを指導する“担い手”として活躍してほしい、地域の健康やまちづくりの主役になってほしい」と期待を込める。健康教室には「サポーター養成講習」も開設。会員に加え、釧路管内外の自治体の養成講習も合わせると、これまで認証したサポーターは161人(2007年8月現在)、その平均年齢は67歳だ。講習は健康教室のための指導技術と準備、安全管理などについて学ぶ。サポーターたちの強みは元々受講生である上に同年代。経験者としてプログラムの難しさや楽しさを説明し、体の調子や悩みも共有できる。サポーターたちは「相手の気持ちになって考えられる。教わる方も歳が近いので安心してくれる」と声をそろえている。
 同教室の人気の高まりで、道内の自治体や福祉施設からの要請も多く、サポーターたちの派遣事業も活発になった。指導することで「活動意欲や責任感が生まれた」と話すサポーターたちの顔は、充実感と自信にあふれていた。
 さて、体力に自信を持ち始めた会員を抱えた「1to3」。「何か地域にできることはないか」と考えた「1to3」が拠点を置く市内城山地区は、昔から続く城山商店街と同大、隣り合わせに市立城山小学校、保育園が並ぶ。ここ数年、各地で子どもが犠牲になる事件、事故が増え「地域の子どもたちが安心して過ごせるまちでありたい」と自主防犯パトロールを始めた。


高校生・大学生も参加しての防犯パトロール

 パトロール隊は、アニメ「サザエさん」のように安全で安心なまちにしたい、子どもたちを支えたいとの気持ちから「サザエ隊」とネーミング。地域住民をはじめ、会員や大学生、近隣の高校生ら約50人が登録した。モットーは「できることをできるときに」。活動は同小学校区を6地区に分けて担当者を配置。警察とも連携を取りながら、小学生の登下校時間に散歩や買い物で外出したり、青色回転灯を装着した車輛で校区を巡回したりする。高校生の自転車通学者は「チャリンコパトロール隊」を作り、それぞれがそろいのジャンパーで防犯に努めている。サザエ隊と城山地区の取り組みは、防犯活動のモデルとして今年度、道の防犯活動推進地区の指定を受けた。「『しなければ』という義務感では続かない。日常生活の意識を少し変えるだけ」と気負わないパトロールは、現在も継続。地域の子どもたちと大人が顔見知りになりあいさつを交わすなど、まち全体が明るくなった。この取り組みは市内全域に広がりを見せ、地域の町内会や各小学校のPTAらが組織を立ち上げ、連携を取るといった意識の向上に大きな影響を与えた。
「参加者がサポーターになり指導、自立できる形が理想的。高齢者の雇用や地域の活性化、まちおこしにつながるとうれしい」と北澤理事長。「ふまねっと」を使った健康教室は、幅広い世代を巻き込んでまちづくりの大きな一歩を踏み出した。